alone or together
 

 

 

 


                                                                  小林幸生  2011

 

 自分と誰かがどんな関係性で結ばれているのか、本人同士にだってわからないときがある。親友だのカレシカノジョだの、

ふいに意味のない言葉に括られるのも厭になるときもある。 母親とか姉とか、わかり易い当然の関係ですらも。

 

1、姉のカレシ論

 

 うちの姉が生徒会長をやっていたときから、脈々と受け継がれているものがあった。後釜大作戦だ。

 1年の前期は姉が生徒会に居たので興味無いふりをし、普通3年生が立候補しない後期を見計らい、万を持して

立候補する。元カリスマ生徒会長の弟なんて一言も言わなかったが、苗字が同じせいか当選した。立候補した時点で

あんぐりだった姉は、更に呆然としていた。で、副会長として1期も間も無く終了の、2年になる始業式の日。

 ピンポンパンポーン、と放送の合図が鳴った。

『…ございます、そして進級おめでとうございます、本日のお知らせです…』

「この声、門脇だね」廊下で話していた飯倉が言った。

「ほんまや、おはようがマイクに入ってなかったって、突っ込んでやる」

『…ご意見と併せて、明日の夕方5時までに、放送室前のポストへどうぞ。それでは、只今より始業式です。全校生徒

のみなさん、体育館へ移動してください』ピンポンパンポーン。

「じゃあ」飯倉は一度自分のクラスに行く。おれも自分のクラスに入り、

「おっ、また同じクラス」とか、初めて同じクラスになったのと「よろしくなー」なんて言いながら、体育館へ行く。始業式で担任が

発表され、学活や掃除を終えて、迎えに来た門脇と生徒会室に行く前に中庭で缶珈琲でも引っ掛けて行こうってことに

なり、ベンチでドリンクで一服していると、1階の解放廊下でタケヒロが一条先輩と密談していた。

「前期選挙なんだけどね、副会長で出ようと思う」

「出たな、後釜作戦!」おれは門脇と目線を合わせる。

「でね、2年の4人、どう思う?」

「門脇知哉はいいもの持ってるんだけど、放送部で目立ってるから、それが仇になりそう」うちの高校は放送委員会が無くて、

というか姉…前の会長の改革のひとつだけど、アナウンサーやテレビ関係志望で部活をやっている放送部にお任せして委員

会は廃止されたのだ、この門脇アナはよく出ている。「相原穣(みのる)は、実はよくわかんねー。富永彩菜は慎重さが皆無で

任せられん。てことで、慎重派の飯倉紫乃(しの)かなあ。絶対物怖じすると思うけど」

「飯倉、大丈夫だと思う?  おれも同じ見解なんだけど、不安も大きい。ただ、よく見てるんだよ、一歩下がって」

「確かに」

「あのオドオドを見ると、もう1期やって新人発掘するかーとかも思うんだけど」

「確かに…いや、案外いけるよ、とは言えない」

「だよねー。ありがと、とりあえず今日はその話はやめとくわ、明日の入学式のことだけにしとく」生徒会室のほうへ。

「わはは、立ち聞きしちゃった」おれは珈琲を飲み干し、缶をゴミ箱に投げ入れる。

「会長かー、おれやりたくねーからいいけど。おまえはやりたいんじゃ? カリスマ会長の血筋で」

「どーだろ、わかんない」

「まー、それはなるようになれ、か。今此処へ呼んだのは、報告があるからなんだ。おれ、雨宮先輩にフラれた」門脇は一気に

言う。

「なんだって?」雨宮先輩は、元生徒会役員絡みで知ったボーイッシュな外見のおとなしい人だった、門脇が好きだったとは。

そこからして驚く。

「なんと、生き別れのねえちゃんだった」

「はあ!?」

 

 「おう、久しぶりー!」一条先輩が満面の笑みで出迎えてくれる。おれをよく理解できてないくせに、心許したよーな顔して

やがる。

「じゃあ、始めるかー」タケヒロが席に着き、みんな続く。「明日なんですけど、前にも言ったように、会長の言葉のときにみんな

にも出て来てもらいます」入学式の会長の言葉とは。今の3年生が入学したとき、姉はどうやらアフロにジャージにサングラスで

現れ、胸に響く言葉を言い放ったとかで伝説になっている。去年、おれたちの入学式は姉が呼ばれると生徒会役員が「号外、

号外!」と新聞を配りまくり、姉が「この高校に来たことを、後悔させません!」と断言した。新聞には生徒会の実績、役員の

活躍が似顔絵入りで書かれていた。これは姉がいつの間にか用意していた。立場ねー!と、当時書記だった一条先輩と

雨宮先輩は肩をすぼめていた。この案は姉ではなくタケヒロのものだった。実際、みんなで、というものはタケヒロによるものの

ことが多い。今回もそういうスタンスだ。

「上手下手に分かれてスタンバイして、僕が名乗ったらクラッカーをパーンと。実験したんですが、ちょうど頭に被るんです」

「イジメや」笑う。

「実験したんすか」呆れる。

「うん、春休み中にやってみて」

「一条先輩と?」

「…いや、相原先輩が帰って来てはったんで」ねえちゃんろくに家に居ないと思ったらタケヒロと遊んでたんかい。「で、塵取りと

箒を持って出て来て、クラッカーの中身を掃除して、僕の一言のあとムーンウオークで去る」実践。「こう」

「先輩可愛いー」富永が囃し立てる。

「一条は僕の分も箒と塵取りを持って来てください」普段名前呼び捨ての親友を、会議中は苗字で呼ぶケジメ。

「了解」一条先輩も敬礼してるし。

「こんな企画でいいすかね」

「バッチリー」

「自分で掃除するってのがウケる」

「何気無く教訓!」

「箒なんだけど、こーゆーんじゃなくて玄関掃くみたいな」掃除用具入れを探る。「あ、こーゆーの」

「視聴覚室に3本ありましたよ」

「美術室は2本」

「あと2本」

「職員室にもあったはず」

「あとこのタイプの塵取りを7つ…今の箒のとこにひとつずつあるから、あと4つを自分のクラスかな。じゃー今から手分けして

取りに行って、ムーンウオークの練習して、通してみようか。言ったところは掃除で行ったのかな、視聴覚室は飯倉、美術室

一条、職員室門脇、悪いが箒も塵取りも。あと、此処のでいいのか、じゃあ相原は視聴覚室が本数多いから手伝って、

あとの3人は自分のクラスから塵取り持って来る、オーケイ?」平等な采配。

「ハーイ」

「ムーンウオークしながらドアまで行ってみよう。わ、難しい、会長、も一回お願いします」

「こう」

「やっぱ可愛い!」みんながやり始めて盛り上がる。

「先輩はやってみました?」と飯倉が一条先輩に話しかけている。なるほど、先輩が参加してないの、よく見てるよな。つまりは

それを解っているタケヒロも、よく見てるってことだ。

「おれ、キマっちゃうかも」一条先輩がふざける。

「先輩、手足長いからなあ」

「おれが短いみたいな言い方だな」タケヒロがふざけて割って入り、3人は笑う。

  高校1年のときのタケヒロに、二度会ったことがあった。おれはまだ中学生で、まさかこんな形で一緒に居るようになるとは

思わなかったが、カレシだと紹介され、へーと思って見ていた。誰かを好きになる姉なんて想像できなかったのだ。あれはQの

スタッフ食事会に呼ばれて、母もおれも行った帰りだった。駅でバッタリ会って、母はものすごく喜んでいた。おれにも母にも

媚びたり余計なことを言ったりせずに、落ち着いた優しげな顔でただ頷いて、お世話になっております、と言う。後日姉と

常盤木茶館に行ったらバイトしていた。同じように頷いて、

「穣くんは、甘いの飲める?」と聞いてきた。マスターに言って、パフェみたいなアイス珈琲を出してくれた。`くん´って!  みんな

から呼び捨てにされているので、なんかこそばゆい。生徒会で一緒になったら、`相原´になったけど。

 今では時々、ひとりで常盤木茶館に行く。カウンター席に陣取って、仕事をするタケヒロを弄るのだ。無論口では`水野

先輩´と言うが。

  ひとつしか変わらないのに、なんか随分おとなみたいな余裕があった。背丈なんておれと同じくらい小さいし童顔のくせに、

なんだかおとなだ。何も言われてないが、カノジョの弟だからというふうではなく、よーしよーしと頭を撫でられているみたいな

かんじだ。ムツゴロウさんかよ、とひとりツッコむ。

 

2、近友(きんゆう)

 

  友近、ではない()。親友と言いきれる友達が居ないので、敢えて言うならこうだろう、むこうからしても、たぶんおれは

親友ではない。高校に入って、たまたま生徒会に立候補して当選して顔合わせに行ったら、居たのだ。門脇知哉。あいつは

前期からやっていたから、知らないことは聞けたし、1年男子はあいつとおれだけだったので、必然的に仲良くなる。それだけ

だ。趣味や癖も知らん。頭に来ることも無いし、極端に独占したいことも無いし。

  けれども昨日、爆弾発言をされた。雨宮先輩にフラれた、生き別れのねえちゃんだった、と。おれが誰かにフラれたりしたら、

言うんだろうか。それは置いといて。あのあと、集合時間が間近になり、慌てて生徒会室へ行ったので、話は終わった。今日

入学式のイベントは無事終わり、学活や掃除の後、随分前に教え合った雨宮先輩のアドレスからメール。

“実力テスト前日に悪いけど、ちょっと時間もらえない?”

「なんかこえーんだけど」呟きながらもオーケーする。きょう生徒会も無いし。

  指定された場所は、まんがでは決闘か告白で定番の場所、体育館裏。先輩は段差に腰掛けてこちらを見もしない。

「お久しぶり、どーしました!」頭をチョップして勢いよく隣に座る。

「どっちか飲まない?」ペットボトルを2本見せられる。「今買ったばっかり。やるよ」

「じゃ、遠慮無く!」アクエリアスを貰い、一口飲む。「あーうめー、青春の味だよな」

「青春ね…」先輩は林檎ジュースを飲む。

「どうしたんすか、きょうはテンション低いっすねー」

「…門脇からなんにも聞いてない?」

「えー、何も知らないですよ」思わずシラを切る。

「だれにも言わないでね…門脇とわたし、きょうだいなの…親がずいぶん前に離婚してて…わたしはあいつが入学するときに

母に聞いてて、まさか一緒に生徒会なんてね…でもあいつは知らされてなかった。生徒会辞めた理由のひとつに、あいつに

会いたくないのもあって、なのに付き合ってくださいと来た。言ってしまった。…凹む…なんであんなふうに…言わなくたってよかっ

たのに…」なるほど、それは同情するけどさー。

「門脇は…まあ付き合えないだろーし、いいんぢゃないすか、判れよ、みたいなかんぢで。勘違いさせとくよりいいっすよ、早く

判って」

「…んー」

「おれが慰めときます、先輩はあいつのことは気にしなくていい」

「…ありがと」と立ち上がる。「じゃあ明日の試験がんばろーね、帰るの遅くしてごめん」

「お役に立てたかどうか」それには答えず、手を挙げて立ち去る。

  ひとりアクエリアスを飲み終わるまでそこにいて、学食まで行ってペットボトルを捨て、振り返ると門脇が居た。

「おう」おれは普通に挨拶する。「今、雨宮先輩に会って、詳しいこと聞いた」

「そーゆーの、言っちゃうんだ…まさか、彼女はおまえが好きなんじゃ?」

「いや。たまたま会った、おまえの友達だからじゃない?」

「たまたまか」

「おれは早めに判ってよかったね、としか言えないかなあ」

「姉と同じ名前なのは偶然だと、いや、寧ろ運命だと思った。もう戸籍上きょうだいではないんだから、いいと思わない?」

「血はばっちり繋がってるんでしょ?  あんまオススメしないけど…まあ、べつに止めもしないけど。おれだったらやめとくけどね。

でもそれ、ねーちゃんだから大事なんだってことはないのか。離れて暮らしていたって、それは本能でそう思う気がするけど」門脇は

答えなかった。おれは彼を置いて帰る。結局慰めないのだ。

  校門に向かって歩いていると、校舎の2階の窓から声がかかる。

「相原!」見上げると、去年同じクラスの女子ふたりだった。「久しぶりー、きょうの生徒会の、たのしかったー」

「相原は何組になったの?」

「Dー」

「遠いね、うちら、A」

「そうなんだ、文化祭とか組めたらいいね」また調子のよいことを言ってしまう自分が憎たらしい。手を振り合って学校の外へ。

 …ひとりになりたい…。彼女たちはなんにも悪くないのに、おれは逃げるように帰宅した。

 

3、家族論

 

  『入学式、どうだったー?』姉が電話で尋ねてくる。

「タケヒロから報告あったんだろ? わざわざおれに聞かなくても」

『まあ、でも客観的な感想も聞きたいやん』

「たのしかったさ。みんなで参加してさー。じゃあ明日実力テストだから、かあちゃんに代わる」母に受話器を渡すが、

「ん? はいはい、穣、多香子がもう一言あるって」とすぐ返される。

「なんだよー」

『まだ先だけど、今から頭に入れておいてよ。衣替えはいつも母さんやらないから、あんたやってね。冬物は特に、防虫剤を

忘れずに一緒に入れてよ』

「わかったよ」またあっさり受話器を母に渡す。

  父親を亡くして7年、姉が居なければ、たぶんこの家はガタガタだったろう。感謝してるし、大好きだからこそなんかつっけん

どんになってしまう。だけどおんなじ高校に行ったりおんなじ生徒会やったり、なんとなく足跡を追ってしまう。

 離れて暮らしたら、いや今みたいにじゃなく生き別れになっていたら、本能で姉だと判らずに大事に想い、勘違いで恋を

したりするのだろうか。今の状況では仮定の想像すらできない。 姉は今、京都に居る。モデルの替玉で莫大な収入を得て、

難なく独り暮しをする。将来つきたい仕事の、いい学校があるんだそうな。普段からインチキ関西弁だから、丁度いいのか。

  部屋に隠って勉強していたが、ふと昔の写真を見たくなりアルバムを開き、バラバラ捲る。最初のほうにはもう忘れかけた

父親もいる。何年か前までは、いとこの莉沙良も。父親も莉沙良も生きていた。今は居ないということが、不思議で不思

議で仕方が無い。どこを探しても、おれの居る世界からはかき消えてしまっていて、居ないのだ。死については、父が死んだ

直後に母と姉と3人で、それから触れないようにしてきたが、莉沙良の葬儀のあと姉とふたりで、語った。もう辛いとかを通り

越して、歴史の事実を語るようなものだった。事故と病気だったし、仕方無いとしか言い様が無いし。そういうのを経験したせいか、

人と突っ込んで向き合うことができなくなった。どうせ居なくなる。死ななくたって、例えば門脇だったら、どっちかが生徒会

落選すればきっと挨拶だけになり、卒業してサヨナラだ。母や姉はそんな中では近いんだろうけど、あまり期待しない。父の

ようにいつか死ぬ。おれが先かもしれない。だから表面的に当たり障りなく付き合い、期待は一切持たない。

「穣〜、お風呂沸いてるから、11時までに入ってね」母の声がドアの間近で聞こえた。アルバムをそっと戻し、

「わかった」と答える。

「あ、そうだ」トントンとノックをし、間髪置かず入って来る。あぶねー、アルバム仕舞っててよかった。ノスタルジーに浸るおセンチな

男と思われたくない。「明後日から研修になっちゃった。2泊して来るから、いろいろ宜しくね」

「んー」ねえちゃん居なくなって初めてだ。おれひとりか。

「寂しいからってお友達呼んでドンチャンしないようにね」

「寂しいってこたあ無いし!  でもそれ、いいな」

「やめてよね!」

「わかってるよ」笑う。どうせ泊まりに来てほしいやつなんか居ない。誘っても、来るか?なやつらばかりだ。

「てか、友達は居るの? 話に出ないけど」戸口から離れない母。

「なにそれ。居るよ。門脇に飯倉に富永…」生徒会ばっか。飯倉たちは友達か?「あと中田に三島に…」きょうクラスでつるんでた

やつ。友達か?

「わかった、よかった居たわ」笑う。「カノジョはまだかなー」

「いらねーし」

「できたら紹介してよね。あー多香子は遠距離大丈夫かしらー」この人は、だれの母だってくらい、オンナオンナしている。顔は

3人ソックリなんだけど。こどもたちが、姉は男前、弟はドライすぎるというのに。

「おれが見張ってるから、タケヒロは浮気しないよ」

「あ、生徒会一緒なんだっけ。どう、どう? おにいちゃんになったらうまくやってけそう?」

「おれは誰が義理兄になってもうまくやるよ」

「大きく出たなー」そうか?

「まあ、タケヒロなら問題なし。あいつは人を理解するのすげーから」

「へーえ。しかし先輩を呼び捨てか…」呆れている。

「ちゃんと本人には、水野先輩と言っているから。あ、もう10時半。おれ、風呂入る」話が長いので切り上げる。風呂から

上がり、母に出たよと言う。母が入っている間、居間で水を飲んだり新聞を読んだりしていたが、ふと洗濯物が取り込んだ

ままに山積みになっていることに気づく。

「しょーがねーなー」畳んで仕分けし、自分のは部屋に持ち帰る。夕飯の間に洗濯したのがベランダに干してある。そうだよ、

ねえちゃんがモデルやってる間、たいへんだった、おれが手伝わないと、かあちゃん回らなくなる。だからねえちゃん、遠回しに

衣替えの話なんかしたんだ。ふたりとも手伝ってとは言わないからもー。

  風呂から出てきた母に、新聞を読みながら言う。

「おれ料理覚えたいと思ってんだけど、明日から夕飯作らせてくんない?  だから買い出しも含めて。最初はあんま期待

しないでほしいんだけど」

「へー?  いいけど、忙しくないの?」

「おれ、部活はやってないじゃん。生徒会も毎日あるわけじゃないし」

「逆に助かっちゃうなあ」笑う母。

「じゃーおやすみー」

「うん、おや…あっ、洗濯物!  畳んでくれたんだ、ありがとう!」それは無視して寝る。

 「いつか、かあちゃんもねえちゃんも居なくなる。だったらできたほうがいいじゃん」おれは部屋に入るなり、呟いた。

 

4、次期会長論

 

 実力テストは集中力に欠けたまま終わる。まーいっか…。きょうは生徒会あったな。門脇を誘って生徒会室へ。

「来期の役員選挙が迫っています。僕は副会長に立候補して、後期に備えたいと思ってます」タケヒロが言うと、

「ええっ!」おれと門脇と一条先輩以外が驚く。

「だれか推しメン居るわけ?」3年会計、谷田先輩が言う。

「考えてはいますが、本人の意志を尊重して、まずは会長をやってみたい人を募ります。みんな黙ってしまう。富永があたし

出ちゃおっかなーって言う前に、素直にタケヒロが飯倉を推したほうがいいんじゃねーの?と思う。「無論複数出てもいいん

ですが、落ちたら此処には居られません。それは僕に関しても同じですが」

「あたし」富永が顔を上げる。来た!「相原がいいと思う」なにいっ!?

「あー」みんなして言う。どーゆー意味の`あー´だ?

「ちょっと待て。相原多香子の弟ってのは、持ち出すなよ、おれ個人を見て、能力があるか判断しろよ」

「誰がなっても、僕が副会長として当選していれば、フォローします。で、いけそうだったら次期は僕らの受験期にひとりだち、

そしてその次まではがんばってほしいのですが、余りにも箸にも棒にもなら、後期はやめてもらいます。で、今はみなさんが

今後をどうしていきたいか聞きたいので、決めたいというわけではありません。相原も、推薦があったことを踏まえ、よく考えて

ください」

「……」おれがあんまりな顔をしていたのか、一条先輩が噴き出す。

「ちいっとも考えてなかったみたいだな」そりゃそーだよ、あんたらが飯倉に打診するもんだとばっかり思ってたさ!「因みにおれは、

飯倉がいいと思います」今更かい!

「えっ!?」今度は飯倉が驚愕。

「慎重だからいいんじゃないかと。会長も、一歩下がって周りを見る力あるって言うし、この高校にはこういうかんじがいいんじゃ

ないかと思いました。ただ心配なのは…偉そうに言って申し訳無いけど、飯倉に度胸が無いことです。それは美点である

慎重と正反対なんだけど…ある意味そういう面も必要で。それがもしかしたら、前期に当選できても後期はやめざるをえない

要素になるかもしれません。ここらで、変わってみる気は無いかな、と思うわけです」

「まさに…自分のきらいなところですね」泣きそうな顔で言う。

「相原先輩みたいな人って、なかなか居ないからさ」一条先輩は笑いを隠せずに言う。「みんな、ああはなれない。ああでない

ことを扱き下ろされる。でもさ、水野にしかできなかったこと、あるじゃん。2年生たちにもそーゆーの、あると思うよ。やってみよう

よ」

「……」ぐあー。弟のおれへは期待も大きくなりそうだ。おれにも、やっぱそんな度胸無いかも。

「舞台度胸にもいいかもねえ」富永が言う。「飯倉、発表会、あがってボロボロだったじゃん。変わんないとだめなんじゃない」

「発表会?」

「この人は音大志望なんです」

「なるほど…」

「慎重ってとこで、あたしはだめだと思う。門脇もできそうだけど、放送部で部長になるでしょ」富永が笑いながら言う。「あたし

以外ならいいと思います、応援しちゃう」飯倉と富永、ふたりを足して2で割ればバッチリなんだがな。

「今月末の話だから、とりあえずそのへん含めて、自分はどうしたいか考えてください。勿論僕なんかに言わずに立候補して

くれていいし、僕もうかるとは限らないから、そのときが来ないと何も言えないと言えばそうなんだけどね。一度この話は終わりに

して、門脇から例の話、どうぞ」

「はい。放送部でまた、生徒会任期終了時事放談をやりたいんですが、皆さんに出演依頼していいですか」門脇が言う。

「おお、喜んで!」みんなが沸く中、飯倉が少し、笑いを堪えているように見えたので、

「飯倉、何笑ってるん?」と聞くと、まんがみたいにドッキリして

「あ、いや…」

「なんだね」姉の口癖がタケヒロに感染している。

「…生徒会任期終了時事放談が、語呂がいいと思ったら5、7、5の川柳みたいになっているなあ、と思って」

「………」一瞬、みな沈黙して、そして爆笑。「なんだそれ、ビミョーすぎてツボる!」「そんなこと考えて生きてるんだ!」「門脇は

早口だから気づかなかった!」「ちびまる子の野口さん的だなあ」

「そーゆー発想、いいと思います」タケヒロは笑いながら言った。「僕も相原前会長に初めて誉められたのは、全員パラパラ

でした」

「あー、あれは先輩発案でしたか」おれたちは入学前の作だった。去年の体育祭で取り入れられたから、踊ってはいるけど。

見本ビデオはとんでもねーシロモノだった。

「ウケようと思って考えたものはだめ。そういう閃きを大事にしてくださいね」

  タケヒロが言うと、みんなが納得した。姉といい、やはり会長をやって成功する者は器が違うのだ。

 

5、同類論

 

  門脇と校舎を後にして駅に向かっていると、一条先輩と雨宮先輩が前を歩いているのに気づく。門脇は

「おれ、あっちから…」と逃げようとしたが、すぐ見つかって、ふたりが振り向いた。

「駅行くん? 一緒に帰ろうぜ」一条先輩が無邪気に誘う。

「先輩たち、一緒に帰る仲なんすか」おれはわざと聞いちゃう。

「まさか。偶然会っただけ」雨宮先輩は怒り気味に言う。「会った直後で、水野は一緒じゃないのか聞いてたとこ」

「そうですね、水野先輩は?」門脇はおれの斜め後ろで話に入って来ない。

「なんか担任に呼ばれて、長くなりさうだから置いて来た」

「一条先輩と水野先輩って、仲いいっすよね」

「幼なじみなんだよね。でもクラス一緒になったのって、一番最初、幼稚園の年少だけだね」

「それでも仲がいいんですね。大学も同じとこ行くとか?」なんか、おれと一条先輩で話してしまう。

「無理無理、志望大を聞いて諦めた!」

「…もしや東大とか」

「いや、京大だって」

「ひょえー!」これには門脇も雨宮先輩も反応して、一緒に叫ぶ。

「もしや、ねえちゃんが京都に居るからなんて、軟弱な理由じゃないよな」

「たぶんそうだよ」

「けっ。先輩は?」

「最初名古屋大学にしようとも思ったんだけど、やっぱこのへんで検討中」

「家を出ないわけね」雨宮先輩が入って来る。

「結衣が居るからじゃないからね。あ、こいつ、おれをシスコンとか言うから」

「先輩もお姉さん…」言葉を飲み込む。「雨宮先輩は志望大決めたんですか?」

「まだ」バッサリ。

「おれたちも考えないとなあ。三者面談の紙も来ちゃったし」

  駅に着いて、門脇だけ違う電車だった。3人で電車に乗る。

「あーおれきょう、夕飯作んないとだ。結衣、もうゼミの新歓合宿なんだよな」一条先輩が言う。

「奇遇。おれもですよ」

「あー、おまえん家も…てか、この3人、みんな片親かー」

「え、相原ん家…もしかしておねえさんが家事やってたの?」雨宮先輩が驚く。「はい、ほぼ全部でした」

「ほんとバケモノだわ」

「雨宮先輩も家事やってるんですか」

「やってるって言うのかな。少しはね。料理は全般、母なんだよ。風呂掃除とか洗濯物取り込むのとか、そんなレベルだよ」

「おれ全然やってなかったんで、きょうからちょっと、ねえちゃんが居なくなってかあちゃんが何気無く困ってるから、協力しよう

かと」

「じゃあ、きょう一緒にスーパー行こうか」一条先輩はたのしそうだ。雨宮先輩を電車に残し、駅とうちの間のスーパーに寄ると、

先輩は慣れた様子で買い物籠に品物を入れて行く。

「よく来るんですか」

「結衣が…あー、姉が買うんだけど、ついて来る」そりゃシスコンだわ。

「先輩ん家は、おかあさんが…」居ないんですか。とかって、聞いていいのか、こんなこと。

「うん?  居ないほう?  うん、おかん。おまえん家は多香子サマに聞いてる。おとうさんが、事故で他界」

「はい」

「ま、しょうがないよね。うちはさー、おかんは自殺しちゃったんだけどね、まあ止められなかったんだからしょうがない。雨宮ん家は

離婚だし、いろいろあるよねー」

「先輩…軽いなー」てか、おれ何にしよう。小学生のとき調理実習やったよな、あのときの炒飯でもするか。スープはインスタントで

いいや。あのとき何入れたっけ、てか冷蔵庫に何あったっけ。「まあ重複してもいいか」テキトーに買い、レジへ。先輩はもう袋に

ものを入れてる。

「おれ此処寄ってく、おまえ帰る? なんか飲んで行く?」常盤木茶館を示す。おれは買い物の荷物を見る。「少しなら大丈夫

だよ、アイスとか買っちゃった?」買ってないので、ついて行く。マスターが

「お、一緒に来たの初めてだね、と言う。きょうは水野くん休みだよ、あ、知ってるね。多香子ちゃん元気か?」

「昨日電話で元気そうでした。マスターに宜しくって」言ってないけど、言っちゃう。

「おまえも相当、外面いいよなあ」一条先輩が苦笑している。カウンターでなく、4人掛けテーブルに向かい合う。荷物を隣に

置き

「先輩に言われたくないっすよ」と、こちらも苦笑。

「おれがこんなふうになったのは、間違え無く家庭環境が原因だな」

「…もしかして、先輩とおれって似てます?」

「うん、悪いけどソックリ」相原はよくわかんねーってのは嘘か。タケヒロに気を遣って、カノジョの弟を悪くは言えなかったわけ?

「じゃあ、会長に向いてないのも」

「いや、能力的にはできるよ。ただやっぱり、諦念の塊みたいな内面持ってるやつが、あーゆー持ち回りはね。サポートくらいが

丁度いいんだよ。不思議なことに、多香子サマもうちの姉も、同じ環境に居ながら諦念は皆無」

「確かに」見慣れたバイトくんが来て、

「いつものアイスコーヒーでいいですか」と聞いて来る。

「あ、お願いしまーす!」笑顔で声も揃い、笑う。「やっぱりソックリ」

「見た目で、ミスター高峯高校か、女子のマスコットか差が出るわけだ」おれは女子に可愛がられてしまうほうだ。で、仲良く

なっても友達止まり。

「マスコットかー、確かにかわいーもんなおまえ」

「それは誉めてませんね?」パフェ風アイスコーヒーが出て来る。

「マスター、ありがとナリー」また声が揃い、ゲラゲラ笑う。少ししてマスターが来て、

「穣くん、まだ先の話なんだけど、水野くん夏休みいっぱいで此処辞めちゃうんだよね、受験だからね。良ければ後継が

ない?」と言った。

「後釜大作戦!」一条先輩が笑う。

「おー、やってみたい、喜んで!」極自然にそう答えていた。

「夏休みからにする?  うちはそれでも、2学期からでもいいから」

「夏休み!」

「じゃあ近くなったら、便宜上履歴書持って来てね、曜日とか決めよう。多香子ちゃんの弟なら安心だ!」

「…おまえ、ほんと飼いたいわ」一条先輩はひーひー笑っている。なんで?

  冷蔵ものはあるので、そのへんにして別れる。

  小学生のときの技術家庭科のノートを引っ張り出すが、字が汚くて読めない。一条先輩のノートなら読めるのだろう…。

で、しょうがないからテキトーにやってみる。野菜切って、炒めて、ごはん入れて、わっ、ごはん無い、炊くのか! えっと、米…

わからん、コンビニで「2分でごはん」にしちゃえ!  買って来た!  レンジして一緒に炒めて、味付けして、あ、卵焼き入れ

るんだ、別のフライパンで…本来ならもう1、2品作るんだろうが、とりあえずきょうはいいや、あとはインスタントスープね。

  丁度母が帰って来る。

「きょうはこんなもんで。とりあえず食べてみて!」おかえりも無しに畳み掛ける。おそるおそる食べた母は、

「野菜がちょっと生っぽいけど、おいしい。やるねー」と言ってくれた。

「よっしゃあ!」米の研ぎかたを教わり、明日の弁当も作ることにした。ようし、いつか茶碗蒸しとか作れるようになっちゃる!

 そしてふと、一条先輩を思い出す。先輩はきょうは、何作ったのかな、うまくできたのかな。

 

6、時事放談

 

 立候補受付が始まる前にやるほうが自然だというので、それは翌週に決まった。吹奏楽部などがやっている定期演奏会や

公演に対抗して、放送部は不定期公開放送観覧会を、文字通り不定期に年に何度もやっているのだ。この県立の高校に

テレビ放送機能はないので、テレビみたいにやって実際は録画保存するのだそうだが、テレビカメラよろしくビデオカメラを大きく

装飾し、ケーブルを巻く人、キューを出す人、照明さん音声さん、司会、時にはレポーター、いろいろ居て、部員はその回毎に

持ち回りを替えて体験するらしい。

  土曜日に中庭に特設ステージを設け、観覧席50、周りの校舎の窓から自由に見てよいことになっていた。生徒会の

ときは視聴率が高い。後でDVDにするので希望者は300円で購入できる。だから無理矢理見に来て窓から転落事故、

なんてことはかつて無い。雨だと体育館になるが、きょうは無事中庭で。

  門脇は、きょうはゲスト側なんでアナウンサーはしない。ゲスト席には、前列センターに会長、両脇に副会長の門脇とおれ、

後列に書記の一条先輩、飯倉、会計の富永、谷田先輩が並ぶ。

  かつての行事や改革について語り合い、どんなこどもだったかを写真つきで紹介した。みんな育ちのよさそーな頭のよさそーな

写真を持ち寄っていて、ツッコまれた。もちろんおれは、天使のようだと誉められまくりだ()。このへんは生徒会役員に限った

企画で、あと、こういう紹介系観覧会恒例の、テーマに沿った私服に着替えて、オネエキャラの芸能人を真似た放送部員に

遠慮無く斬られるコーナーと、あてがえられたおもちゃ楽器で初見で童謡みたいな曲をバンド演奏させられるコーナーがある。

  私服のテーマは、なぜかオペラ鑑賞だった。条件は、新たに買ってはいけない、相談してはいけない、ということだ。だれも

オペラなんか見たことがなく、そーゆことがあれば制服が無難だよね、なんて話になる。しかし敢えて私服。なんと門脇は

スーツで来た。ウケ狙いか!?

「だってオペラでしょ? 正装でしょう」おとうさんのだそうだが、背丈一緒なのか、ピッタリだ。

「あ、飯倉さん、それはQの服ですね?」司会者に言われ、おれは無遠慮に見てしまった。ベージュ系の元町チェックのハイ

ウエストロングスカートに白いブラウス、茶色い編み上げブーツ。同じ茶色の斜めがけ鞄、これもQのロゴ。

「おまえ、センスいいな」一条先輩が言っている。

「おーっと、ミスター高峯高校の一条さんから、お褒めの言葉が出ました!  その一条さんは、コムサっぽいですね」

「あんまり畏まりすぎないように、こういう生地の、カッチリした型のにしてみました」流石にカッコイイ。

「何気に水野さんとパンツ一緒じゃないですか!」

「たまたまなんですよ、さっき裏でビックリ。最近私服で会ってなかったからねえ」

「さすが仲良しですね!  ちょっと相原さん、こんな格好でオペラ行っちゃだめっすよ!」裏をかいて超カジュアル、小学生

みたいな服にしたのだ。

「親に無理矢理連れて来られた、オペラに興味無いこどもだから」

「それ、一応テーマに合ってる!」

「やーねー、斬ろうと思ったのにみんなセンスいいわー」オネエ役が順位をつける。1位飯倉、2位おれ、あ全員3位だった

()

「勝負服のつもりで買って、全然勝負してなかったんですけど、こんなところで勝負運使ってしまいましたね」飯倉のコメントに、

ギャラリーはゲラゲラ。

  その服のままバンド演奏、曲が赤蜻蛉、おれはハンドベルに当たり、あたふたしながら演奏した。高校では芸術は美術、

楽譜なんて中3以来見てないのに、更に初めての楽器なのだ。タケヒロはカスタネット、狡いぞ! 富永のリコーダーもなんか

狡い! 一条先輩のケロミンと門脇のウクレレは、おれ並にできてなくて、谷田先輩はボーカルなんだが、思うように歌えなくて

ヒーヒー笑っている。飯倉は流石に楽譜はお手のもの、オタマトーンに手こずりながらも中盤から超絶技巧をしてふざけたり

リードしたりしていた。あの服でオタマトーンには笑えたが、何の楽器で音大に行くんだろう、とふと思う。

「では第178期生徒会役員のみなさん、ありがとうございましたー!」特設ステージを降りながら、お疲れさまと言い合う。

「きょう、よかったじゃん。選挙、プラスになるんじゃん?」飯倉に言うと、

「なにそれ?  もうなんかキミは立候補しないみたいな」

「やっぱおれ、副会長がいい。自分が厭だからってわけじゃないけど、おまえならできると思うし」

「え、え〜…」明らかにビビっているけど、

「大丈夫、水野先輩がついてるし、おれも当選したらサポートするから」と背中を叩く。

「いたー、手加減してよもー。実はSでしょー」

「みんな〜!」無視して、前を歩く役員たちを呼ぶ。

「なんだよ、うたのおにいさんかよ」

「おれ、来期は副会長で出ます」

「ほうほう、決めたのか」

「あの、わたし」飯倉が近づいて来た。「会長、出ます。ご協力お願いします」頭を下げる。

 

「おー」みんな驚き、そして笑顔になった。

 

 

7、新生生徒会

 

  選挙管理委員会に提出してしまったら、もう後には引けない。立候補の手続きだ。あいつ立候補してんだ、じゃあ辞めよう、

ということはできないのだ。おそるおそる立候補した。

  告示されたポスター、表は、やはりすごい人数になっていた。門脇は放送部に専念するからと出ていない。会長はタケ

ヒロが出ると思ったのかみんな避けていて、信任投票で飯倉は平和に当選した。副会長以下は相変わらず激戦だが

流石にタケヒロは全校生徒の票が入り、圧倒的な人気を見せつけてくれた。おれも姉の恩恵か有難く9割得票。副会長に

出たやつらは、タケヒロが敵とは思わずに出馬したわけだから、運が悪かったと言っている。一条先輩も9割得票。富永は

辛うじて当選したが、谷田先輩は落選してしまい、新顔が書記と会計に1年ふたり。そんなにメンバーが変わらなかったのも

あるのか、顔合わせのとき、新会長は意外と落ち着いていて自然体だった。タケヒロと、高峯高校って基本的にこうですよね、

と話した。

「勉強にしたって、自分が何位とか、おまえ何位だ?とかより、自己ベストだったとか、なんでこのへん出来なかったんだろう

とか、そういう声が多く聞かれるんです。だから多少弱味の多そうな新会長を扱き下ろしたりしないし、だから本人もムキになったり

アワアワしたりしない」

「まさにおれがそうだった。ほんと、周りのお陰なんだ」

 …そうなんだよ、おれだからできたんだなんて決して思わない、それはとっても大事なことなんだよ。

 でも解っているけど、どうしようもなくひとりになりたいときがあるのはどうしてなんだよ…。

 

  選挙後すぐの行事は、体育祭だ。伝統的に、グループはクラスで縦割りにし、2年D組は1年D組、3年D組と組む。で、

F組までの6チーム対抗となるのだ。それをシャッフルという話も出たが生徒会の中で却下となり、やはり種目で新しいことを

した。タケヒロたちが1年のときからの、学級委員三輪車リレーや先生騎馬戦は人気で、一昨年文化祭で生まれた全員

パラパラは昨年体育祭に取り入れられたが、やはり継続となった。今回は、遠距離玉入れを増やし、障害物競争の項目に

お箸でボール運びなどを入れた。

  予行のときに門脇がクラスの友達と現れたので

「おう、久しぶり」と言った。テキトーに挨拶して行っちゃうと思ったら、友達を置いてこちらに来た。

「おれ、遠距離玉入れ出るよ。相変わらずおもろい発想だよな。新会長のアイディアなん?」と、意外ににこやかだ。

「うん、そうなんだよ」

「やっぱあいつ、なんか持ってるよな。落ち着いたらまたいろいろ話そうぜ」…なんか意外にそれっきりモードでなく、しかも

こっちもうれしいと思った。

  体育祭は盛り上がり、生徒会は毎年恒例でお泊まりで打ち上げ。今回場所を提供してくれたのは、富永家だ。いつも

コンビニでかき集めオードブルやおむすびやお菓子や飲み物を買って来て割勘でパーティーするそうだが、美人のおかあさんが

ご馳走を作ってくださる。

「いつもほんとにお世話になって!  お陰さまで学校本当にたのしいみたいで、親としても嬉しいんで」お礼だそうだ。ありが

たし!

  通していただいた居間には、なんとグランドピアノがある。

「おまえピアノ弾けんの?」と聞くと、富永は笑って

「おかーさんピアノの先生だから」そして「だからあたし弾けない」と言う。なんじゃそりゃ!

「あたし、親とおんなじことはしない主義。折角頭もいいことだし、医者になりマス」

「はあ?」冗談なんだろうか、富永は文系準備クラスのA組…。それか理転するのかい。脇の家具の上に目が行く。集合

写真の入った写真立てがあり、どうやら発表会のものらしいことが判る。

「これ、飯倉だよ」最後列の右から2番目を指差す。

「え、あ、ほんとだ。あ、あいつピアノで音大行くの?」

「専科はフルート。ピアノはうちで習ってるのです。受験ではピアノも必要なんざます」

「へー。飯倉ー、きょうフルート持ってないの?」

「持ってるわけないじゃない、ってなんで…あー!」こちらへ来て写真立てを伏せる。

「今度度胸試しコンサートやりなよ、生徒会主催で全校生徒の前で」

「職権乱用じゃん、しかもそんなジャイアンみたいな…」

「ぶはっ、自分でジャイアンて!」富永が爆笑しているので、みんなが注目。わけを説明し、飯倉の三枚目説は確定する。

 そうして夜は更けていったが、夜中にみんな力尽きて徹夜できず寝てしまう。みんなが雑魚寝をしている中で目覚めて、

たくさん飲んで(無論ソフトドリンクだが、笑)何度も行っているのにトイレに行きたくなり、借りた。居間に戻って来るときにふと

途中にあるドアが枠以外ガラスになっていることに気づく。明るいから気づいたのだ、さっきまでは暗かった。ちらっと見てミュー

ジシャンが使うようなスタジオみたいだと思った。思った次の瞬間、中に居る飯倉と目が合った。おれはなんとなく、重い相談を

される気がして、面倒とまでは思わないがなんとなくうまく答えられる気がしなくて、ニッコリ笑って手を振り、戻ろうとした。

「相原」ドアが開いてしまう。「言っておくが、先生の、富永のおかあさんの許可を得て入ってますからね!」

「あ、ああ。べつに怪しく思わなかったよ」

「ひとりだけ眠れないから、弾いてたんだ」つまらなそうな顔になる。でもおれはまた寝るから、じゃあ、と言いかけ、ふと、こいつ、

人を理解するのに長けてたよな、と思う。

「…もしかして、飯倉って相手が何考えてるのか解っちゃうの?」ちょっと背筋が寒くなる。おれみたいな外面人間、魂胆バレ

バレなのか?

「今、何を考えてるかは解らないよ。積み重なる行動パターンから分析してしまうだけ」

「そっか」ちょっとほっとする。

「でも今は、相原は早くわたしから離れたいと思ってるでしょう、それは解るね」

「まさかー」ひえー、解るんじゃん!

「じゃあ、おやすみなさい」ドアを閉めようとする。

「あ、おい…」こちらを見る、嘘っぽい笑みを浮かべた顔は、ガラスのむこうになった。こちらに背を向けてヘッドホンをする。

キーボードとかもあるがそれを演奏するのではなく、何か聴いているらしい。グレイのパーカーの背中は、明らかにおれを拒んで

いた。

 

8、叔父論

 

  うちで家事をやったり勉強したりしていると、意外に忙しい。夏休みからはバイトもあるのかと思うと、武者震いすらする。

自分のことにいっぱいいっぱいながら、外にも気になることは沢山あった。

  雨宮先輩は、あれ以来メールして来たりしないが、意外によく会って、先輩だからまあ気を遣って喋るのだがそこそこ盛り

上がるので、

「付き合ってんの?」と言われるようになってしまった。門脇の耳に入らなきゃいいけど…。一度門脇の話になった。もう一度

考え直してくれと言われたらしいが、やはり弟としか見られない、立場上弟として大事にもできない、と断ったらしい。もう一回

行ったか…考えられん。

  もうひとり、新会長だ。会議とか、例えばと出す案が、突拍子も無い。いい意味で即採用のものを作れる頭、悪い意味で

とんだギャグブレーンだ。おとなしく慎ましやかに、絶対に笑いを誘われるようなことを言う。一条先輩は、

「ゲイジュツカやのう」と評した。読めないオンナだ。

  中間試験が終わった日、富永から一斉メールが来る。

“飯倉会長の舞台、プレッシャーかけるために複数で行きたいと思います。行ける方は是非ご一緒に!”で、日時場所が

書いてある。今度の日曜日。暇だった。どうしよう。体育祭の打ち上げのことを考えると、嫌われたか、嫌ってると思われたかで、

その後親しく喋ってはいない。生徒会の仕事上は本心から友好的にやっているが。

  いや、でも演奏聴いてみたい。考えているうちに、タケヒロと一条先輩が行くと一斉メールで返事をした。おれも思わず

倣った。

“カジュアルで来ないでね()”と返事が来た。時事放談のときのことを言っているのだ。制服じゃだめかー、おれは持っている

服を引っ張り出したが、どれもこれもカジュアルだ。テレビを見たら、爽やか系のタレントが、ドラマの中で白いポロシャツに

チェックパンツを穿き、バイオリンケースを持って歩いていた。ポロシャツ、アリだアリ!  持っているのはグレイにグリーンの横縞、

これは無い。あとは水色だ、これは大丈夫だろう。チェックパンツ無いか、半ズボンだー!

「只今、どうしたの、服いっぱい引っ張り出して」母がいつの間にか帰って来ていて、開けっ放しの扉の前でぽかんとしている。

「いや、こ、衣替えを…」そうだ、そろそろしないとだった。

「わーかった、デートだ!」

「ちが…」

「穣くんはー、案外赤が似合うから、これとかー」

「だめだめ、違うんだって、クラッシックの演奏会なの、生徒会の面子で行くことになって」

「あ、なーんだ。……」ちょっと考えて、全然だめだと気づいたらしい。「いいこと考えた。ちょっと待って」居間に戻り、どこかに

電話をする。「ごはん食べよう、きょうはシチュー作ってくれたんだね」

「へ?  あ、ああ」

「1杯分残しておくね」

「なんで?  まあ、いっぱい作ったからいいけど」食べ終わる頃、呼鈴が鳴る。

「久しぶりーっ!」叔父が来た。「最近穣はよくお手伝いしてるそうじゃないか、どれどれ」母があっためたシチューを出す。「ブ

オーノ!」大袈裟に感動している。

「なにこれ、何のコント…」

「ご褒美に、クラッシックの演奏会に着ていける服をあげよう」おれの手を引いて外に出る。まっ黄色のフィアットに乗せられ、

誘拐でもされたみたいに夜の街へ。景色は都心になっていた。閉店しているQの店を開け、ライトをつける。まるで宮殿

だった。おれが出入りしたことがあるのは、スタッフの打ち上げとかでまあまあ高級なレストランを借りきったときとかで、叔父の

店を見たのは初めてだった。

「えー、これ、叔父さんの店!? すごいねー!」これは外面ではない、本心から思った。うちは団地で、この店の何分の1?

ってくらい。こういうお店を叔父は何軒も持っている。男女の違いもあるだろう、だけど彼の姉である母との収入の差は歴然

だ。

「ここは新宿店だ、メンズも扱っている。ほらこのへん。どんなのを着たい?」

「でも、悪いよ…な、夏からバイト始めるから…そのあとお金払うんでいい?」

「穣!」まだ入口のほうに居るおれのほうに、すごい勢いで戻って来た。「おまえはおかあさんに似ていい子だなあ!」いきなり

抱きつかれる。

「はあ?」全く態度がイタリヤンすぎる!

「堅実で誇り高い!  おれはご褒美のあるほう、あるほうへ流されてきたというのに!」それでこの結果なら、これは正解

なのでは?  叔父の腕をすり抜けて、再び店を眺める。

「とうちゃん生きてても、きっとこんな金持ちではなかったよなあ…」

「ほっちゃんも馬鹿正直だったからなあ」

「それってとうちゃんのこと?」歩(あゆむ)って名前だった。

「うん。おれはそう呼んでたからね」

「とうちゃんは何の仕事してたの?」

「小学校の先生だよ」

「………へえ」

「理科の。実験大好き博士だった。公立の先生だから、まあ、そんなに金持ちではなかったろうね」

「ふうん」

「彼が死んだとき、勿論おれはきみたち3人を援助したいって申し出たんだけど、おかあさんは断ったんだよ。できるだけ3人で

やってやるんだって。確かにお陰で多香子は家事もばっちりだし、きみもすぐにそうなるし、学業もきちんとしていい高校に入っ

て、夢を追ってちゃんと生きて行けるおとなになってきた。だからね、それでよかったんだろうと思うけど、やっぱりこうやって助け

られるときに助けたい。たまには、頼ってくれていいんだよ?」

「……」そうは言っても。

「…あの頼らないおかあさんが、服をあげてやってくれって。余程、おまえに恥ずかしい想いをさせたくないんじゃないか」

「…じゃあ」おれは目の前のマネキンの足下の靴を手に取った。「服じゃないけど、これください」運動靴でも制服のロー

ファーでもないその靴は、あの水色のポロシャツとチェックパンツにピッタリだったのだ。

 

9、新会長論

 

  「は、半ズボン…」富永は目を丸くしたが、「でも、なんかいい。不思議だわ」と首を捻りつつ納得していた。膝までしか無い

パンツは青系のチェック、水色の無名のポロシャツに、Qのバックスキンの青鼠色のローファー、叔父におまけで無理矢理持た

された同じシリーズのスクエアリュック。おれ的にはキメキメなのだ。タケヒロと一条先輩は、時事放談のときの服で来ていた。

どっちかがあれでいいよと言い、もうひとりは裏切らなかったと見える。富永は時事放談のときもきょうも、なんだか覚えられない

ような名前のブランドのワンピースで、流石はピアノの先生の娘、黙ってれば絵になる。1年はふたりとも制服。生徒会役員

みんなで会長を応援に行く。学校の最寄り駅に集合し、私鉄で少し行った駅で降り、花束を割勘で買ってからスタジオ

ホールに向かった。

「きょうはプレッシャーかけるために、敢えて皆さんが来るのを言ってあります」富永が先導しながら言う。「あとで会えるので、

良かったら、厳しい意見を言ってあげてください」

  到着した場所は、こぎれいな別荘みたいな作りで、サロン風に平らなステージだった。富永のおかあさんたちが、生徒たちの

度胸試しのために開催した会だそうで、受付にいらした。おれたちは、こないだはありがとうございましたと言いながら、中へ入る。

無料なのはありがたいなー。

  富永のおかあさんが配っていたプログラムを見ると、飯倉は前半にアンサンブルで、後半にソロで出ることになっていた。出演

者名の脇に高校名と学年があり、音楽高校でないのは彼女だけだった。

  客席は暗くなるイメージがあったが、灯りはそのままで、ブザーもなく、司会の人が挨拶をして始まった。バイオリンの高校

3年の男子からスタートして、3番目に飯倉のアンサンブル。テレビのオーケストラ団員みたいな白いブラウスと黒いロング

スカートで現れ、おとなみたいだなー、と思った。ド緊張の面持ちで、譜面台の前に座る。木管四重奏とやらで、癒しのハー

モニーで危うく眠りかける。その次の団体は弦楽四重奏、雰囲気はだいぶ変わる。休憩をはさんで一発目が飯倉で、おれも

緊張した。Qの吉祥寺ドットのワインレッドのドレッシーなワンピースで、銀色のフルートを持って登場、手が震えているのまで

見えてしまう。うおー、おれまでマジで緊張するー、がんばれー、おれなんか全然音楽わかんないから居るの気にすること無い

ぞー! 始まりは息が続かないっぽいかんじだったがそのうち落ち着いて来て、だいぶ練習したのか、速い部分は完璧だった。

終わった途端、隣の一条先輩とおれの溜息が揃い、目を合わせて笑う。拍手して、体の力が抜ける。あとまた別のソロと

アンサンブルが幾つかあり、終了、みんなで出て来て礼をする。そのまま歓談会になる。富永が、飯倉のところへおれたちを

連れて行く。

「3人とも、ガチガチで聴いてんだもん、笑っちゃった」富永に指摘され、

「だってこーゆー演奏会、初めてなんだから、しょーがねーだろ」図星指されて恥ずかしくなる。流石に、飯倉がガチガチだった

せいとは言わない。

「どこ見ていいのかわかんないね。会長をじーっと見ていいものか、見ないのもへんなのか」

「そうそう!」

「わざわざありがとうございます、お粗末でした…」飯倉は多少凹んでいる。

「じゃあ、生徒会の師匠、代表で」富永は、タケヒロに花束を渡し、贈呈させる。

「お疲れ様、と、おめでとうって言うのかな、こういうとき。練習たくさんしたのが、わかりました。いい一時をありがとう」タケヒロは

不馴れな手つきと立派な言葉で花束を渡した。飯倉は涙ぐんでいるみたいに見えた。

  翌日学校で、飯倉を見かけた。1階の解放廊下から3階の渡り廊下を見上げている。渡り廊下には、タケヒロが居て、

手摺にもたれて此処からは見えない誰かのほうを振り返り、何か話していた。目は笑っている。おれは、全然気づかないタケ

ヒロと飯倉の表情両方が見える位置に居て…飯倉がせつないような幸せなような顔をしていることに気づく。

「あいつ、もしかして…」ドキリとする。そう言えば昨日だって、タケヒロ以外視界に入ってないかんじで…いや、だめなんだよ、

飯倉。タケヒロは、ねえちゃんのカレシなんだよ。誰がどう見たってお似合いのカップルなんだって、一条先輩や雨宮先輩言っ

てるんだよ。

  タケヒロは渡り廊下の正門側に移動して、見えなくなった。飯倉を見ると、同時にこちらを見るのでギクリとする。

「昨日はありがとー!」中庭を挟んで、でっかい声で手をぶんぶん振っている。普段おとなしいくせに、元気だな。

「こちらこそー!」とりあえず合わせて手を振っておく。

「急いでる?!」

「いやべつに!」

「ちょっと待ってて!」タケヒロが居た渡り廊下の下を通って、こっちに来た。「昨日の格好、ツボだった。興味無いのに無理

矢理連れて来られた格好で来るかと思ったけど、いいファッションだったね」

「…ああ。富永にカジュアルで来るなって言われたしね」ちゃんと視界に入っていたのか。

「靴と鞄、Qだったでしょ」

「え、うん。流石に、わかるんだね」

「好きだからさ…あの、Qの服がね」

「そんな慌てて言い直さなくても、解りますー。あ、急いではいないけど、一応職員室に用事あるから。またね」

「呼び出し食らった?」

「違いますー、週番だからですー」

「そっか、お引き留めしてシツレー、じゃあまた」手を振られ、おれも手を挙げて表面上は超仲良しの友達的に別れる。

 …なんか胸が痛い。わけもわからず涙がたまってきて、慌てて拭う。

 ふいに、富永の家のスタジオの後ろ姿を思い出す。おれがあの場から逃れたいと思ってると感じても、嘘っぽいとは言え

笑っていたし、むこうから背を向ける。今だって、またねと言えばじゃあまたと別れ、追いかけて来たりしない。きっと、どうでも

いいんだ、おれなんか。昨日だってQの靴と鞄が目に入っただけで、おれ自身なんか見てやしない。おれは幾らでも、飯倉の

言葉や表情を思い出せるのに。

 ―――て、おれ…もしかして…。

 

  「うん。そのもしかして、だと思う」門脇と話す機会があり、雨宮先輩の件で弁明しているうちになんか飯倉の話になり、

莫迦正直に言ってしまったのだ。

「あいつは水野先輩を好きなんじゃないかと、思ったばっかりなのにな」

「だから気付けたんでしょ。おれも、雨宮先輩は水野先輩を好きだと思ってつらくて判ったんだよ。雨宮先輩は尊敬みたい

だけど。水野先輩は、この学校の生徒全員の尊敬に値するからな」

「因みに雨宮先輩は、一条先輩とも怪しい。つまり、おれも含めあんまり男子と構えて付き合ってないってことだ」

「…雨宮先輩は、おまえを好きかもなー」

「今の話の流れで、なんでそうなる…」

「なんで泣きそうなの?」笑う。「喜べよ、モテてんだから」

「実際告られてないから、モテてんだかなんだか」

「告られたら、まあおれのことは気にせず付き合うか考えてくれ。なあ、雨宮先輩と噂になって、飯倉に知られたらやだなーと

思う?」そう思ったのはおまえなんだけど、と心の中で言う。理由が違うけどな。

「まあ。でも誰でもそうかも。おれ、女子のマスコットになる癖がついちゃったのかも。なんの噂も無く、仲良く喋ったりするのに

へんに慣れて、麻痺してるかもしれない」

「マスコット!  確かに!」ゲラゲラ笑う。「でも飯倉か…いいんじゃない。あ、なんかそう思ったら超お似合いに見えてきた、

相原紫乃って、響きもいいし」

「いきなり結婚かよ!」

「しかしなんで好きとかきらいとかあるかね。ほかに考えないといけないこと、いっぱいあるのに」

「ほんとになー」

「これも子孫繁栄の本能か…」しかも相手を選り好みするのは人間だけときた。なんて面倒臭い。

  これから飯倉とどう接していけばよいものか…溜息が出る。

 

10、三者面談

 

  朝から母はソワソワしている。

「きょう、忘れずに早退しなくちゃ」そこからかい!「ねえ穣、おかーさん、この服でいい?」

「もうちょっと地味にして」

「えーこれ以上無理ー」

「じゃあせめてフリフリをやめて、カッチリしたのにして」

「これとかー?」色はピンクだが、まあいいか。

「じゃあ、来客用玄関に3時50分ね」家を出る。2日間はとりあえず、生徒会会議も無く、会わずにやりすごしている。

会っちゃったら、いつも通り喋れるんだろか。。。

  午前中で授業が終わり、きょう面談の連中と出られない屋上の扉前の広くなったところで飯を食い、トランプをして遊び、

時間になるとひとりふたり消えて行く。おれは最後で、最初のふたりが気を遣って戻って来てくれ、おれの時間でお開きに

なる。

「サンキュー、じゃあ明日なー」彼らは昇降口へ、おれは客用玄関に行く。ギクリとする。客用玄関脇の事務室の前に居る

のは…飯倉だった。

「相原も三者面談なの?」

「うん。方向音痴だから、出迎え」とりあえずは、ポーカーフェイス。

「うちも」間も無く、ふたりの中年女性が仲良く話しながらやって来る。「まさかあれ、相原の…」

「イエス、そしてもうひとりって…」

「イエス…」なんで仲良く話しながら来るかなあ?

知らない人でしょー?!

「あ、穣ー!」手を振ってるし。飯倉は笑っている。「道怪しいから、連れて来てもらっちゃったー」

「静かにしろよ…」

「あ、お子さんですか?」

「こんにちは、相原くんにはお世話になってます。飯倉です」優等生め!

「どうも…」おれも飯倉のかあちゃんに頭を下げ、母に「生徒会長」と紹介する。

「あらあ、流石にしっかりしてるわねえ!」

「相原は、副会長なんだよ。この前の、来てくれたメンバー」

「あらー、わたしも行けなかったのに、ありがとうね」

「例の演奏会。飯倉が出てたの」ぽかんとしている母に説明する。

「へーっ!」…マジ静かにしてくれ! 教室は隣なんで、なんとなく一緒に行く。飯倉親子はC組の前、おれらはD組の前の

廊下に用意された椅子に座る。飯倉たちが先に前の人と交代して、中に入って行く。うちも間も無く呼ばれた。

「いやー、おねーさんといい穣くんといい、生徒として申し分無さすぎですよ!」いきなり担任に誉められ、恐縮。

「うちでもお料理やお掃除をやってくれるんですよー」ちょっとは謙遜しろよ!

「それはすごいな。そんな中たいへんだろうけど、成績は今ひとつですね!」

「わははー」

「まあ、おねーさんも僕、2年のとき担任してましたけど、2学期頭まではイマイチでしたが、その後がんばりましたからねー。

そうそう、きみは志望校決めてなかったね。決めたほうが教科も絞れるし、有効だよ、早く決めなね!  将来のビジョンは、

どんなふうなの?」担任はうたのおにいさんのように爽やかだ。

「…今のところ、小学校の理科の先生になりたいです」

「えっ!」母は飛び上がらんばかりに驚いている。

「実験と児童会イベントに明け暮れたいです」担任はゲラゲラ笑う。

「まあ専門は理科にしても、普通小学校の先生って全科だからね。要領よくやっていきなね。まあ、教育大とかだったら

先生はテリトリーだから、力になれると思うよー」

  解放されて、また玄関まで送る。

「ねえ、小学校の理科の先生って…覚えてて言ってるの?」

「忘れてたけど、この前叔父さんに聞いた。でもおれ、先生なんて向いてないと思うんだよ。また変わるかも」

「ふうん…」本当はもう帰れるのだけど、一緒には帰りたくなかったから、

「じゃあおれ、まだ用事してくから」と送り出す。

  図書館でも行くかなあ、と向かうと、雨宮先輩と会う。

「今、三者面談だったんですよー」

「あ、うちも。もうちょっと前だけど。今急いで部活に顔出したら、終わってた。一緒に帰ればよかっ…」先輩の視線の先を

見ると、飯倉が居た。

「…あー、おまえも終わった?」たぶん貼りついたような笑みになってたと思う。

「うん」雨宮先輩に会釈して、踵を返す。

「飯倉さん」雨宮先輩は飯倉とは生徒会ダブってないから、顔見知り程度。だからさんづけかー、とあほなことを考える。

飯倉は振り返る。「ちょっと聞いててくれる?」そして先輩はおれの前に立った。「相原」

「は、はい」

「わたしね、おねえさんが大好きだったの」

「はあ」なんの話だ?

「でね、生徒会でおねえさんと同類扱いされていた水野をね、好きなんじゃないかと勘違いしたことがあって。まあ、違ったん

だけど。最近は、弟の件で相談したり、話が合ったりする相原のこと、好きなんじゃないかと思った」

「えっ!?」

「だけどやっぱり、おねえさんの幻影を探しているだけみたい」

「ああ…」好きではなかった、か。それはよかった。でもそれって…。

「それくらい、おねえさんは強烈に魅力的ってことなのよ。たぶんわたしは女子でなく男子を好きになれると思うけど…今の

ところ、そうやって恋愛難民なわけ。好かれるのは弟だけだしね」笑う。「だからきみはきみで魅力的なんだけど、わたしから

したら、おねえさんの代わりになっちゃうわけ。だから、恋愛ではないと断言できる。これからまた、会えばたのしく話したいとは

思うけど、誘ったりしないから」そして飯倉を見る。「安心してください」飯倉の目が泳ぐ。「じゃーまた!」居なくなってしまう。

いきなりふたりになって、飯倉はバツが悪そうにこちらを見た。

「先輩、決めつけてるなあ」

「なんであんなこと…飯倉は、水野先輩が好きなんじゃないの?」遠慮しつつも聞いてしまう。

「バレてるんだ…」苦笑している。撃沈だ…しかし平静を保ち、続ける。

「いや、わかるけど…」

「その先は、わかってるから言わないでいい」いつの間にか、真面目な顔になっている。「すごく懐が深いじゃない、あれに、

やられちゃったの。相原も近いものあるけどね…みんなに愛想良くてたくさんの人に囲まれて…相原、わたしが見てる限り

きみは、愛想はいいけどだれも受け容れてないでしょ」ドキリとする。図星だ。まっすぐこちらを見て、「ちょっと、それは仲間

としてさみしい」

「………」

「ごめんね偉そうに。また議題あるから、会議で!」図書館のほうに走り去ってしまう。

「あいたー…」立ち直れないくらいの打撃に、すんごい心拍数。今にも涙が出そうな疼き。完全なる失恋、だった。

 図書館のほうから、タケヒロが来た。

「おう、今、飯倉に会ったんだよ」

「…ふたりとも三者面談だったんですよ。先輩もですか」

「いや、図書館に午後いっぱい居たからもう飽きて出てきた。帰る」

「じゃあおれも帰ります」

「じゃあって」

「帰りながら、ちょっと先輩に教えてほしいことが」

「へ?  帰りながらって、何だ」ほんとの三者面談のあとに、3人の恋愛話を聞く似非三者面談、最後は恋愛についてよく

わかっているタケヒロ。ねえちゃんだからちょっと聞きにくいけど、どうして好きだとわかったのか、聞いてみたかった。

「わ、まだ明るいね。夏が来たってかんじ」穏やかに言うタケヒロ。だれも受け容れてないと言われてしまうおれも、やはり、

よーしよーしとしてくれるこの人には見えない尻尾をぶんぶん振っていることに、気づいていた。雨宮先輩が姉に抱く気持ちは

これなんだろうか。少し、わかったような気がする。

 実際はこの人のせいで失恋と言ってもいいだろうに、おれは尻尾を振ってついて行くのだ。そしてこの人のよさがわかるだけ

に、胸に疼痛を抱き続けるのだ。 でも飯倉。おれは、諦めない。きみだけは理解していきたい、きみには理解してほしいと、

いつか伝えたいのだ。コテンパンにフラれるかもしれない、けれどもおれは、生徒会を引退しても、ずっときみの隣に居たい

から。

 

 

                                                       了

 

 

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