小林幸生 2010
石黒英麗奈(えれな)様
春暖の候、如何お過ごしでしょうか。
この度、映画研究同好会でお世話になりました清水日向、清水日和、高浪沙季子、斉木朋は、無事県立縞荒井高校を
卒業いたしました。春休みに最後の1本を撮影したのを期に、同好会は観る側に立場を換え、駒田泰基(たいき)くんたちが
引き続き運営してくれています。最後の1本は、映画研究同好会の3年間をドキュメントにして撮影いたしましたので、先輩
たちの役も勝手に配してあります。よろしければ同封のDVDをお納めください。また、ついでになりますが、文化祭で上映した
作品も同封いたしました。お忙しいところ恐縮ではありますが、映画方面に進路を定めた清水双子のシナリオと監督の作品と
なります、感想などいただけたら幸いです。 文責 斉木朋
墨の香りのする達筆の文字が並んだ便箋と共に入っているのが、あいつらの大袈裟な表情がカバーのDVD2枚、というのが
笑いを誘う。
おととしの夏休みにゲスト出演した戦隊ものと、現役の頃の夏と冬のDVDを並べてみる。
「日向はやっぱり、こっちに進むか。日和は何するんだ?」文化祭上映用の作品の裏カバーに、脚本で名前が出ている。
ライターか。感想がてら、聞いてみよう。まず観たい。あいつらの、あほな勇姿を。
ドキュメントのほうで自分の役を柾圭以子(まさきけいこ)がやっていると書いてあるのがやけに気になって、そちらから観る。
ゲスト出演したときは1年生だった。殆ど喋っていないが、確かにわたしクサいところはあった。まあそれはいいとして。
画面に流れる日向目線のストーリーは、わたし目線の記憶とシンクロしていった―――。
映画研究同好会、会員募集! 映画を撮ってみたいと思って勉強中です。映画役者、スタッフに興味ある方大歓迎!
後で考えると日向の字なんだが、活字みたいなカクカクした文字が、黄緑の色の画用紙にポスカでカラフルに浮かんで、
どどーんと飛び込んで来た。見入っていると、後ろから格好つけた声がした。
「英麗奈、一緒に行ってみないか」
「村崎…もう少し普通に言えないのかよ」
「きゃー、あなたこそ、女性という自覚を持ってお喋りになってー」
「キモいぞ村崎…」
で結局、わたしは放課後視聴覚室に行ってみた。ひとりで行ったのに、
「やっぱ来たー! 英麗奈ー!」手を振る村崎。
「おまえ、やっぱり来たのか!」
「わー、すごい美男美女!」初顔合わせの日和が叫ぶ。
「あ、女に見える?」村崎はイシシと笑う。
「うるせー」
「おれたちね、演劇部なの。でもなんかおれたち舞台ってかんじじゃないの。ちょうどその話してたとこなんだよな。このまんま
3年生になっちゃったんで、主役とかやらされたらヤバいって。で、こいつなんかこんなでしょ? 舞台で大袈裟にやるとヅカっ
ぽくなっちゃうからさ。もちょっと自然にさ」
「うっせー」
「おれも映像派だからさ、ふたり入れてくれよ!」
「ちょっと、わたしは話を聞きに来ただけだから、まだ決めないよ。代表はだれ? どんなコンセプトでやって行くの?」
「代表は僕です」村崎の向こう側に隠れて全く見えないところから声がした。村崎をどかして覗き見ると、まだ中学生でしょ?って
かんじの日向が居た。「話を聞きに来てくださってありがとうございます。1年7組の清水日向です」ちょっと緊張はしているものの、
そのキラッキラした瞳は、眼鏡の向こう側であっても、わたしにやる気を伝えてきた。だけれども。
「どうも、3年2組の石黒英麗奈です」お互い頭を下げたら意外に近くて、ゴツンとなる。
「す、すみません!」
「いや、こちらこそ…」こーゆーかんじが…「きみ、うちの兄に似てる」思わず笑った。
「えー、英麗奈の兄ちゃん、こーゆーかんじなわけ?」村崎が驚愕。
「わたし、名前がこうでしょ、それに兄が男なのにかわいいかんじだったから…天の邪鬼で男みたいになったんだよね」
「へえー」
「日向くんも、可愛いってことだね」まだ髪が長くて、日和と双子なのはこっちじゃないかと思わせた高浪。笑っている、
すぐ辞めたもうひとりは、名前忘れた。
「みんなで決めるつもりですが、僕の中では、文化祭で上映会をやるために、5月連休明けまでに話の概要を決め、5月中に
本を起こして同時にキャストスタッフ決め、6月は衣装小道具の準備とシーン毎の演技の練習、7、8月で撮影、9月前半で
編集して試写会、後半にDVD化、10月頭の文化祭で上映会、できたら秋冬でもう1本撮りたいんですが、それは様子を
見ます。部活ではないので、学校から予算は貰えないんです、少しお金はかかるとは思いますが、衣装とかはなるべく持ち寄りで。
機材や生テープはあるんで」いろいろ説明する日向を見て、これはやるしかないなと思っていた。
日向は何でも話し合いで決め、独走することはなかった。伝統ある演劇部より余程うまい運営で面食らった。記念すべき
第1作は、村崎が慎重なんで原作のあるものにしようってことで、2年生3人を主役に、まんがが原作の近未来ものをやった。
文化祭の上映会はものすごい盛況ってわけではなかったが、お客様が入って日向たち1年生の喜び様が余りに純粋なんで、
こっちも嬉しくなったほど。 やはり冬も挑戦した。今度はオリジナル。しかもガラリと変えてハードボイルド。わたしたちは受験も
あったけれど、やりたくて参加してしまった(笑)。しかも村崎、主役だ。なんでもない日に上映会を開いたら、村崎人気で盛況
だった。
それでわたしと村崎は、終わりの筈だった。映画どころか演技もメディアも関係無いところへ進学した。のに。日和がわたしたちの
名前が色だと気づいて、5レンジャーをやろうと言い出した。でも、紫と黒って!(笑)
うちに依頼しに、アポ無しで現れた清水双子と高浪。そこで、たまたま兄と同じ大学で同じ研究室の先輩後輩になった村崎が、
うちの庭で研究である畑仕事をしていた。同時に依頼しようとしたが、兄も3人の企画にぴったりだと依頼され、ピンクとして登場
することに。並べてみると、日向と兄はまるで似ていないんだけど。
ヒーロー・レッドと悪者ワルテミスとして高浪父、清水母も登場し、ものすごく面白い作品になる。これは文化祭で大盛況。
その年の冬の作品は、夏に悪の中間管理職をやって人気者になった3年生たちも引退して、駒田や柾たち1年生と日向たちの
学年のみで、CGを駆使した不思議体験風の作品らしいが、これは観ていない。後でDVD貰えないか頼んでみよう。
そして去年の夏は、おちゃらけ日和の意外な本気モード、真剣作品だ。文化祭上映会に行けなかったから、見られて嬉しいな。
文化祭は盛況で、泣く者も出たらしい。
で、春休みにこのドキュメント。
ありゃー、結構このラスト、泣けるかも、みんな試写会で泣いただろう。家で見て、高浪なんか号泣だろう。結局告白もしてないん
だろうな、あいつ。
携帯のメール着信音が鳴る。
>日向たちから、DVD届いた?<村崎だ。
>来た。今、ドキュメントのほう観た。泣いた(笑)。次のは余韻の後に観るよ<
>おれも観よっと。今度、あいつらと飲みに行こうぜ<
>そうだな<返してから、あいつらまだ、18か19だぜ、飲めねーよ、と思う。
「英麗奈ちゃーん、ごはんだよー」兄の声がする。母と一緒に夕食を作っていたらしい。畑でとれた有機野菜を使って料理する
のも、研究のひとつらしい。
「ピンクめ…」ひとり突っ込んで、ダイニングに向かった。
4月中はあいつらも忙しくて、連休中に会うことになった。日和の希望で自由が丘の人気のお店のランチになり、たまたま兄と
うちで研究していた村崎とふたり、みんなでの待ち合わせ場所に行く。先に着いて待っていたら、あちらも4人一緒に現れ、
日和が
「もー、先輩たち相変わらずカッコイイ!」とわたしに抱きついてくる。
「あちーよ、おめえ」
「おれまで図々しくすみません」斉木が頭を下げる。
「いやいや、後半はきみ無しには語れないだろう」村崎がエラソーに言う。役者はいやがっていたらしいが、最後の作品には流石に
出ていて、案外自然なんで、今までもやればよかったのにと残念に思った斉木。日向に劣らず馬鹿丁寧な、できたヤツ。
日向と高浪は、後ろのほうでにこやかに頭を下げる。こいつらも双子みたいだよな、3人、ほんとは三つ子なんじゃないか?
「ピンクが宜しくってさ」みんなが懐かしー、と湧く。
「まあ、予約の時間まで余裕だけど、行こうか」
日和オススメのこ洒落た店は落ち着いた焦げ茶色で、店員も物静かで好ましかった。席に案内されながら
「いい店知ってたな」と日和に言うと、
「日向の好きな『西の街灯』て映画の特集を雑誌でやっていて、バリソンのお店のイメージっつって出てたんですよ」などと言う。
「へー。日向、似てる?」
「はい、あの扇風機とか梯子とか、此処で撮影したんじゃないかと思うくらい。ほんとはロンドンに実際あるお店ですよ。出口と
レジは反対側なんですがね」
「ふーん」みんなして店を見る。席は四角で、3対3で向かい合うかんじになっていた。
「きょうのゲストはおまえらだ、ひとりこっちになっちゃうけど、奥に行け」奥を示すと、
「わたしはブラックの隣ー」と日和が腕組みしてくる。斉木が
「じゃ、遠慮無く奥に行っちゃいますねー」と村崎の前に座ると、高浪と日向が残り、日向は
「じゃ、センターいっただきー」と座る。高浪は一瞬怯んだが、日和を睨みつつ仕方無く座った。嬉しいくせになー。
「今、何勉強してんの、こっちから順に言ってみい」村崎が振ると、斉木が、
「えっと、建築に進みました。3年から音響もやって、コンサートホールとか映画館を作って行きたいんで」
「おー! 映画館!」
「僕は総合映画コースに行ってます。監督志望ですが、いろいろ知っておきたいんで」日向は予想通りだ。
「栄養士になりたいんで、栄養大に入りました」高浪は映画とは全く関係無いらしい。
「わたしは、シナリオ書いて行きたいんですけど、第一志望は落ちて、日向と同じとこ行ってます」
そこでウェイターが水を持って来て、コースの中の選択肢を聞かれる。メモして去ったあと、
「そう言えば、映林館って第一志望じゃなかったの?」高浪が不思議そうに真ん前の日和を見る。
「うん、同じ学校のコース違うとこ狙ってたの」
「そうだったんだ」
「同じ大学なのはこのふたりだけなんですよ。学校でもつるんでるんだろうな」斉木はハキハキと話す。あの美しい字
そのものだな。「おれは久しぶりに会ったんです。高浪は? しょっちゅう会ってんの?」
「会ったのは卒業式以来だよ」
「寂しいだろ」
「…そりゃあ毎日一緒でしたからね。でも日和、毎日メールよこすし」笑う。
「ほんとおまえらって」
ディナーより簡素だが一応コースで、料理がオードブルから順に出て来る。
「うまっ」
「こーゆーときでないと食べないよな」などと言いつつ、早々と皿を空にする。食べて喋りながら、4人と村崎を眺める。ほんと、
日本の、いや世界の宝みたいなやつらだよな。大学に行っても…そりゃあもういいオトナだし、喧嘩したくなるようなやつは
居ないし、ちょっと気に食わなけりゃ近づかないでいるからそこまで怒んないで済むけど…こんなにできたやつら、ほんと居ないよ。
最初からの作戦で、村崎がトイレに行くふりをして会計をした。あとで解ると、えーそんな申し訳無い! 4人はそれぞれに
言う。卒業祝いだからと払わせず、解散してからわたしが半分払う。そのためにスタバに入ったのだが、そのときに
「わたし、あいつらすげー好きなんだよね。一緒に過ごしたのなんて、ほんの少しなのに」
「おれだってさ。タイキなんて…あ」
「って、誰だっけ」なんかまずそーな顔をしたけど、誰かくらい確認してもいいだろう。
「…駒田泰基って…今3年の、ドキュメントでおれの役やったやつ」
「あーわかる。へー、名前で呼ぶ仲なんだ」わたしにとっての柾だよな、圭以子、なんて呼べないなあ。
「大学1年でゲスト出演したとき、おれ農学部志望なんす!て、いろいろ聞かれたんだよ。外で会ったりした」
「へー、知らなかった」
「付き合いはあの頃だけで、暫く音沙汰無かったんだけど、春休みちょっと前に久々にメール来てさ。先輩の役やることに
なって、雰囲気とか思い出したいんで会いたいって…で、会ったんだけど、あの学年も日向たちのこと大好きみたいよ」
「へー」
「…それがさ」まずそうな表情が戻って来る。「おまえなら信用してるから言っちゃうけど、内緒な。泰基、高浪にフラれてん
だよ」
「…そうなんだ。まあ、高浪は、なあ」
「だよな、だれでも判るよな」
「泰基ってさ、すげーモテんだよ」
「…そうなんだ。まあ、モテそうだよな」
「こんな勝算の無い恋愛初めてだって。こんなうまくいかないのなんて」
「それはご立派な」
「茶化すなよ。マジで泣いちゃってさ。高浪は、手に入らなくていいんだと豪語して、自分もそうかなと思ったけど、やっぱり手に
入れたい、おれだけのために笑ってほしいって、相当辛くなっちゃったみたい」
「おまえ、何言った?」
「時間が解決してくれるのを待つしかない、たぶん一生このまんまだ、切り換えたほうがいいと思うって」
「…わたしでも同じこと言うなあ」
「意気消沈して帰って行った。以来、連絡無い。連休明けくらいにメールしてみるかな」
「日向…あいつは全く」
「まあまあ、日向と高浪がうまくいってたって結果は同じなんだろうし、日向はなんにもわかってない。わからないものは
わからないんだから」
「おまえや兄貴みたいにな」無言で肩を竦める村崎。こいつこそ、こんなにキャーキャー言われてるくせにカノジョがずっと居ない
から聞いてみたら、
「どーゆーのが好きってことなのか、わからない。ま、いいじゃん、みんなでたのしけりゃ」ソックリなんだよ、日向とおまえは。兄貴は
女子恐怖症の気があって、恋したこと無いらしいのだ。
「いいな、英麗奈は、理解できて」
「理解できたって、うまくいかないんじゃしょーがねー」立ち上がる。ここの分のお金も置いて、先に帰った。
帰って、もう一度DVDを見る。ドキュメントは日向目線だから、日向はカメラで出て来ない。向き合う、柾の扮するわたしや、
ほかのメンバーが動き回る。柾はわたしと自分とダブルキャストだがうまくやっていた。駒田の村崎は全然色気が無くて、ダメじゃん、
と思う。懐かしい言葉が飛び交う。
最後はカメラが180度ぐるりと回って、日向が現れる。いつもみたいにニッコニッコして、さっき会ったのとは余り変わり無いが、
初めて会ったときよりだいぶおとなっぽくなった。もう中学生には見えない。何も喋らない。深々頭を下げて…直ると、手を振って
出て行く。一回机にぶつかって、エヘへとなる。風景は、視聴覚室。居なくなる、そしてテロップ、BGMは聴いたことのある映画
音楽…。
泣けてくる。わたしが、村崎にだけ打ち明けて、高浪が居ると諦めた情けない男子は、高浪ですら受け容れない。わたしの周りの
男たちは、一体どうしちゃったのだ。駒田みたいに欲は無いのか。
村崎からメールが来る。>大丈夫か<
ドアがノックされる。
「英麗奈ちゃん、西洋花殿のティラミス貰ったよ、食べなーい?」
全くおめーらは! 泣けてくる。
「後で貰う」兄には答え、メールは無視。わたしは誰にも見えないところで、無言で泣いた。
それから15年。兄が珍しく興奮してわたしの部屋の扉を叩いた。
「英麗奈ちゃん、日向くんがテレビに出てる!」
「へ、まじ?!」居間に行くと、ほんとに、全然変わりない日向がテレビでニッコニコしている。定番の、注目のシェフとかが紹介
される番組の名前を兄が教えてくれる。ゲストなんだよー、と。スタジオに呼ばれているのは日向だけだが、VTRにはあいつらが
出てくる。
『この建物をデザイン、施工しました、建築家の斉木朋です』斉木だー! 事務所みたいなところで紳士的に頭を下げる。
『映画を観に来る人は好きであろうレトロ感、をコンセプトに、しかし機能的に、何気無い動線なども気にしながら作りました』
そして拘りの部分を案内する。画面の端のほうに、スタジオの日向の顔。いちいちの反応が可笑しい。
アナウンサーにも丁寧に受け答えして、
『素敵です!』と憧れの眼差しで見られている。
次に現れたのは日和。きれいになっちゃって。
『どーも、社長の清水日和でーす! 一応、本業は脚本家です』
『えーと、日向さんの奥さん、じゃなくて双子のお姉さんだそうです。わたし、お稲荷さんの殺人事件の話が大好きなんです』
アナウンサーに言われ、
『もー、そんなふうに言ってくれるあなたが大好き!』などと相変わらずふざけている。日和は洋画の翻訳やガイドブック作成なども
手広くやっているらしい。『儲かりそうだなと思ったらとりあえずやってみるんです』ニッコリとすごいことを言う。そう言えば、背景は
カフェである。
『あのう、なぜインタビューがカフェなんでしょう。事務所も拝見したいんですが』
『だめだめ、今、メッチャ汚いから! 日向はO型だけど超A型チックだし、ほかのふたりは完璧Aだし、比べられたら堪んない!』
『そ、そんなに?』
『ところで、このメニュー、わたしが一番好きなやつ。オススメですよ!』カメラ目線…を外され、手元の皿が映る。映画に出て
来そうなカフェメニュー。フレンチトーストの大皿に小皿がふたつ。豆サラダとオニオンフライ。そしてアイスティー。
「おいしそう!」アナウンサーと兄の声がハモる。
『さて、これを作っているシェフです』
『どーも、清水沙季子です』全然変わんねー、と思ってたら、大事なとこ聞き逃す。
「ん? 今、苗字なんつった?」
『あ、こちらが日向さんの奥さん!』アナウンサーが嬉しそうに言う。
「なんだってー?!」兄とふたり、顔を見合わせる。
『先月ご結婚されたばかりだそうで、おめでとうございます』
『ありがとうございます』照れている。
『スタジオでいろいろ聞かなくっちゃー』端の日向の顔、照れまくり。
「やったー、成就したんだ!」わたしはガッツポーズ。
カフェは高浪の経営らしい。
『此処にだけ来て、映画を観ないで帰っちゃう人も居るとか。おススメメニューは、やっぱりフレンチトーストなんですか?』
『わたし的にはこちら、とうふハンバーガーです』
「おいしそう!」また兄とアナウンサーがハモる。こちらの付け合わせは、スモークサーモンと大根サラダ。
『付け合わせはチョイスできますが、さっきのフレンチのとこれのは、なんとなく合うものにしてあります。で、メニューにそれぞれ
カロリーと材料の産地が書いてあります、ダイエット中の方も健康志向の方も安心です』
『それはいいですね!』
そしてスタジオに戻る。
『日向さん、奥さんかーわいーい!』
『いやー、実際、うちの売上は、ほぼあのカフェのお陰なんですよー』
『4人は高校時代の同級生だそうですね? ずうっと付き合ってるんですか?』
『いえ、友達期間のほうが長いですよ』
『どっちが告白したんですか? プロポーズは?』
『ま、まあいいじゃないですかー』
『聞きたい、聞きたーい』
『…どっちも僕ですよ、というか、告白がプロポーズでした。ぶっちゃけ僕は恋愛について全然わからないで30過ぎちゃったん
ですけど…』
『…わかったんですか?』わたしと同じ不安を抱く司会者。まさか全国ネットで、わかんないけどいいかなと思って、とか言わない
よな。
『勿論! 僕の監督した〈飛行訓練!〉、ご覧になりました? 鈴掛が南に告白するシーン、実は原本に無くて、僕のプロ
ポーズを使ったんです。あれを観ていただけたらわかると思いますが、急にわかったんですよ。愛しいって、こういうことなのかって』
画面にそのシーンが出る。『わっ、なんで用意してあるんすか!』
『思いついて告白して、すぐオーケーだったんですか?』
『…彼女は高校時代から好きでいてくれたみたいで…』
『ヒュー!』流れた画像は、客の居ない午後のカフェで、明日の仕込みをしている南と、続きの間の事務所でパソコンを叩いている
鈴掛が何気無い対話をしていて、少し黙った鈴掛が立ち上がり、後ろから南を抱擁、
「これからも一緒に居てくれないか」
「言われなくても、そのつもりだったわよ」と言うのだ。
『抱き締めたんですかー』
『やめてくださいよ、もー』日向が真っ赤になっている。
『セリフも同じ?』否定すると『なんて言ったんですかー?』
『…彼女は驚くじゃないですか、友達の僕が抱きついちゃったんだから…で、どうしたのって…だから馬鹿正直に、愛しいって
どういうことなのか、急にわかっちゃったって言ったんです』
『そしたらー?!』
『黙ってたんで、結婚しよう、ずっと一緒に居ようって言いました』
『キャー! で、返事は?』
『うん、と言ってくれました』
『キャー!』
『てか、それはどーでもいいでしょう、映画の話をしましょうよ!』
『職場に清水さんが3人なんですね。日和さんはご予定無いんですか』
『あー、清水は旧姓で芸名ですよ。あいつは20代で苗字変わってます』
『ま、まさか…』
『はい、斉木になりました』
「えーっ!」今度は兄とわたしがハモる。
『同じ歳なのに、歳の離れたきょうだいか親子みたいな夫婦で…』
『日和さんかわいくて、斉木さん落ち着いてますもんね。こちらのカップルは、どのように成立したんですか?』
『日和のモーレツアタックだそうで…やはり高校時代から好きで、僕ですら気付いてたんですが、付き合い出したのは卒業してから…
いつの間にやら知らないうちに』
『情熱的!』
『だーから映画の話を!』
『高校時代、映画研究同好会を日向さんが発足して、それ以来の仲間なんですよね』例のドキュメントが流れる。
『はい、あ、これもそうなんですが、今度高校時代の僕たちの作品全部、DVD発売の話が出てるんですよ。KYエンターテイ
メントから少し安めで売ろうかと。出演者全員に許可取ってからですけど。石黒先輩、そのうち連絡します!』
「わっ、急に話しかけられた」
『まあ今日のは勝手に流しちゃってますがね。これは、発足から卒業までのドキュメントなんです。そのときの後輩たちが卒業生の
役をダブルキャストでやってくれているので、上の学年の方は出てないんですが』
『ゼロからのスタートでしたね?』
『いや、1じゃないですかね。父の機材とマニュアルはそこにあったし、演劇部から来た先輩の演技指導があったし…』
「英麗奈ちゃんと村崎くんのことだ」兄が嬉しそう。
『全然、何も無かったわけではないんです。はじめからみんな、協力的だったし』
『その仲間で、会社を立ち上げちゃうなんて、すごいな。みんな別々の才能を活かし合って。仲良しで、羨ましいなあ…喧嘩したり
しないんですか』
『…したことないかな…朋くんが日和を叱ってる姿はよく見ますけど…あと、今日は日和が来たかったみたいで当たられましたが、
あいつはまともに喋れないんで、置いて来ました』スタジオ大爆笑。
最後に机にぶつかったことをツッコまれている。あれは本人は録り直したかったんだそうだが、みんながあのままがいいと言った、マジの
アクシデントらしい。
今後の展望などに、話は移っていく。
わたしは日向の作品は、日向のだとわかれば観ていた。でも普通の人は、日向の映画だから観るわけではなく、コマーシャルで観た
作品を観てみようか、くらいだ。特に有名人ではなかったので、ピンでテレビなんかに出たら驚きだ。しかもこんなことになっていたとは!
番組が終わった。
「英麗奈ちゃん、花火残ってるんだけど、やっちゃわない?」兄が感想も無しに切り出す。
「ん? ああ、そうだね」しかしやはり、庭で花火をしながら、あいつらの話になる。「村崎にメールしてやりゃ良かった」
「今、地質研究でフランス行ってるよ」同じ会社に就職しているので、兄のほうが詳しい。
「そうなんだ」
「日向くんが結婚してたとはビックリだなー、しかも相手は高浪さんかー、似合ってるね」何も知らない兄はそう言う。
「そうだな。わかるときって来るもんだな。兄貴や村崎もいつかわかるんかいな」
「…英麗奈ちゃんは知ってるの? 恋愛ってどういうものなのか」
「一応、恋くらいしたことあるよ。実らなかったけど」
「そうなんだ…」暫し無言で、パチパチと花火の音だけがする。「…僕も知ってはいるよ。実らないけど」
「え、まじ? まあ、もうこんな歳だしな、おかしくはないか…」
「…英麗奈ちゃんが、結婚しないでずっとここに居たらいいのにな…」聞こえるか聞こえないくらいの声がした。実らない、というのと
それで、なんとなく伝わった。
なんだよ、そういうこと? やけに素直に、おかしなことと思わない自分が居た。
「…ずっと居るんじゃない、この家に」
「ほんとかなあ」
「たぶんね。兄貴も結婚しないでずっと居れば?」
「居る、居る、ずっと居る!」
30過ぎても、相変わらず可愛い兄だった…。
数日して、日向から電話が来た。例の許可を取るためだった。
『売上は、安値なんで大した額ではないけど、人数で割りますんで』
「いいよそんなの、それよりあのときテレビ観たよ、おめでとう。ずっと願っていたんだよ、おまえと高浪がうまくいくのを」虚勢ではない。
ほんとに思っていた。受話器のむこうで日向は、無邪気に
『ありがとうございます!』と言った。そしてゴチッという音。
「もしかして、ほんとに頭下げた?」
『は、はい…壁に頭突きしました』
「初めて会ったときみたいだな」ドキュメントには無かったので、覚えてないかと思ったら、
『ほんとですねー、先輩と名乗り合って頭下げたら、意外と近くてぶつかっちゃいましたよねー』と笑っている。
そんな日向が、好きだった。でもそれは、似ていたからかもしれない。わたしをずっと、見守ってくれている人に。
答えはわからない。けれど確実にわたしは、気持ちよくエールを送っていた。まっすぐ前に進んでいく日向に。
了