小林幸生 2010
指でファインダーを作って覗き込む。中庭のベンチに、バス停のベンチに、視聴覚室の椅子に、気付いたらいつも
4人はその順に座っている。ともP、ヒナタン、ピヨリン、サキンチョだ。無論、同好会の先輩である4人をこんなふうに
呼んだことはない。愛情を込めて、思考の中だけで呼ぶのだ。
ファインダーの中で、最初に気付くのは流石に秀才で抜け目の無いともP。チラリとこちらを見るが、またやってる的な
表情をして、放置。次に気付くのはサキンチョ。睨んでくる。彼女は速攻居なくなる。居なくなると、ともPが苦笑して
こちらを見る。
全く気付かないのは、ヒナタンとピヨリン。流石は双子、こーゆーとこソックリだ。そりゃあヒナタン、サキンチョの視線に
気付かないわけだ、と思う。それを言うと、ともPはピヨリンの視線に気付いてもよさそうだけど、シラを切る。判ってて、
なのか?
「おまえいつも指で四角作っておれたち覗いて、何やってんの?」ともPが、視聴覚室の鍵を開けながら、次に着いた
おれを見てすかさず訊いてきた。
「胸に残したい、4人の姿を見てるんです」
「なんだそりゃ」
「日向先輩、場所を変わるとか、気が利かないから」反応を見るが、スルーされる。中に入って電気をつけつつシニカルに
笑う。
「高浪のカレシ役やってて、ほんとに好きになっちゃったりしなかった?」
「…カイになってるときは、マジで好きでしたよ。シノブのこと」
「役者だねえ」風紀委員として校門に立っているときよりずっと砕けた表情で、笑っている。思えば、観察していると
この人は意外に表情豊かだ。呆れた顔や嫌そうな顔や、こーゆー笑う顔や。寧ろいつもニッコニコなヒナタンのほうが
読めない。カイ役を決めたときくらいだ、表情が陰ったのは。でも結局、何を考えているかわからないのだけど。ともPは
ほかの3人より後から入ったせいか、そんなにベッタリ一緒に居ない。撮影に入ってから、キャストはいやだそうで
スタッフをやっているが、1、2年がびっくりするくらいよく働く。あと、采配がうまい。指示の通りしてりゃー、効率よく
いつの間にか終わっている。ヒナタンの映画の知識や編集に関してもスゲーと思ったが、まあそれは映画の世界に
進まなけりゃ必要無いわけで、ともPのそういうところは、ほんと見習いたい。
「シノブはあんまり、そうじゃないみたいでしたけどね」
「まあ、演技派ではないしね…清水とコントやってるほうが合ってる」
「あのふたり、三枚目ですからねえ」
ピヨリンとサキンチョは、「そのへんに居そうな、かわいい女子」がコンセプトの電気街パフォーマンス娘くらいには入れ
そうな、そこそこのかわいさだが、お笑い芸人の真似をよくしているのだ。どちらかというと、ピヨリンのほうが髪ロングだし
目許がヨーロピアン(笑)なんで好みなんだけど、サキンチョみたいな団栗目も悪くない。今までタメ、年下、年上と全ての
パターンで付き合って一番思い出深いのが年上だし、ふたりが交際申し込んで来たら即答OK、なくらい好ましい。まあ、
来ないからそう言えるのかもな。てゆーか、いいなと思う女子、みんなとつきあえたらいいのに! ふたりは人格的にも、
ともPに比べてまだまだだと思うけど、まあ、完璧な女は疲れるだろうから、これくらいでいい。
「何をニヤニヤしてるやら」ともPは少し離れたとこに鞄を置いて座る。
「朋くん、鍵ありがとう」ヒナタンが入ってくる。
「いや、今週掃除、楽なとこだし」ヒナタンの後ろから、1、2年、それからピヨリンとサキンチョが来て、全員揃う。
「では、試写会を始めま〜す」おれはスクリーンを下ろして…ほらともPがすぐに暗幕を引く。サキンチョが腰を上げて手伝う、
1年は手伝おうとして間に合わない、2年は喋っていて「もう観るの?」と着席、ヒナタンは機械の準備、ピヨリンは黒板脇の
スイッチを押して電気を消す、これでも気が付くようになったほうだ。後ろにあるスイッチも1年が消して、夏の間に撮影した
ミステリーが文化祭の上演に向けてヒナタンにより編集されたので、まずおれたちで確認するのだ。
ヒナタンが後ろの機械のところに居るので、ピヨリンはともPの隣には座らなかった。サキンチョとふたりで並ぶ。おれと間は
空いているが隣みたいになっちゃったともPだが、気にせずそのまま居た。反対の隣には、2年軍団が座った。 ヒナタンは、
今まで難癖をつけられたことなんか無かったけど、そうなったら直すのか。何か拘りがあって、却下されるのだろうか。難癖
つけてみようかと思ったが、やっぱりいい出来だった。なんかみんな、しんみりしてしまう。おれはほんとに泣きそうになって
しまったので、
「うおー、泣けちゃう、シノブ、カムバ〜ック!」と茶化して誤魔化した。みんなが笑ったり泣いちゃったりする中で、なんと、
ピヨリンが泣いている。
「みんなありがとー! わたしが書いた本、こんなにいい作品になったー」
「やだなあ、先輩、もともと本がよかったんですよ!」後輩たちが号泣し始める。なんだこの空気…チキショーおれもほんとに
泣いちゃう…で、例の3人を見る。ともPは流石に苦笑して泣かない、サキンチョはうっすら涙目になってこっそり部屋を出て
行く、ヒナタンはめっさ驚いて双子の姉を見ている…普段ピヨリンは全然泣かないんだろうな。こどもみたいに派手に泣いて、
2年女子が
「日和先輩、なんかかわいーい」と泣きながら笑う。うん、ほんとかわいいぞ、ピヨリン。
サキンチョがなかなか帰って来ないので、
「ちょっとトイレ」と視聴覚室を出る。女子トイレの前で「高浪先輩〜、踏ん張ってますかあ?」と言うと、バンと個室ドアが
開く音がし、
「何言ってんのよ、でっかい声で!」と返ってくる。こっちまで出て来ないってことは、泣いてんの?
「いやほんと、大丈夫ですか?」…あ、もしかして…「泣いた顔、見せたくないとか?」
「……」
「おれも泣いちゃいましたし、みんな…3年男子以外泣いてますよ。日和先輩なんて、泣き方かわいーですよ」
「先帰ってよ。行くから。ありがとね」
「…やだ、待ってる」なんか駄々をこねたくなる。「あんまり帰らないと、怪しまれるかも」
少しして水道の音がし、ハンカチで顔を拭いながら、サキンチョが出てくる。おれの前は素通りして、ズンズン先へ行って
しまう。なんか必要以上にむかっとして、思わず
「やっぱ日向先輩には誤解されたくないんですね」と言ってしまう。
「うるさいよっ、二度とその話はすんな!」振り返って叫ぶ。
「ねえ、わかってます? おれ、高浪先輩の弱味握ってることになるんですよね? 日向先輩に、このこと言おうと思えば
言えるんですよ」
「…はあ?」
「ちょっとはおれに気を遣ったほうがいいと思いますけど」
「…言えば?」意外な答えが返ってくる。「わたしが否定すれば、あの人はわたしを信じるよ」なんだ? このへんな自信
…「やっぱ違うよねーって、めっさ笑顔で言ってくれるよ」そして行ってしまう。…そうか、理解しきっているのか、ヒナタンの
こと…。
おれは怒りも急激に冷めて、廊下に暫く突っ立っていた。
小学校まではそれなり女子と対立していたけれど、根が女好きのおれは、中学に入ってから、敢えて女子と仲良くする
ように努めた。オトコとかオンナとか、意識するほうがいかがわしいじゃん、と周囲を洗脳しつつ。一見草食男子みたいにして
女子の中に入り込んで、中身はめっさオスなわけだから、カノジョ作るのなんてわけなかった。まず1年の夏から冬まで同級生、
2年の5月から3年の3月までバスケ部のマネージャーだった後輩、卒業してから高1の秋までねえちゃんの友達、全部むこうに
言わせてこっちからフるまでうまくやってきた。二股はきらいなんで、惜しく思いつつフったのも何人か。何考えてるのかみんな
よくわかったし、おれのことどう思ってるのかも手に取るように…いつ頃告ってくるかもわかった。そういう‘わかる’とはまるで違う、
ハチャメチャ残念な結論だ。でも手に入れたくない恋愛だってあるんだ、と豪語するサキンチョ。
「おっとこ前だよな〜」チャリ置場に向かいながら、思わず声に出す。試写会の翌日で会は無かったので早い帰宅だ。チャリ
置場から、体育館に行く通路に居るピヨリンとサキンチョが見えた。ピヨリンは体操着で、サキンチョは制服、鞄も持っている。
で、バイバイとやってるのを見て、なんとなくおれはチャリを置いたまま、バス停へ歩いた。
何人かベンチに座っており、おれから立ち並び。すぐにサキンチョが来て、
「うえ、駒田」と言った。まだまだギャングエイジの幼いオンナ。「今日はチャリじゃないんだ」表情を見る限り、嫌そうではなく
隣に立つ。嬉しそうでもないが。
「ちょっと、徳野市に用があって。電車のほうが便利じゃないですか」思わず、の嘘。昔住んでいた街を言った。「日和
先輩は?」
「体育の補習だって」バスが来て、定期でもないのに持ってるICカードの残額が心配だったけど、タッチしてみたら大丈夫
そうで安心した。こーゆーので引っ掛かっちゃうなんて、スマートじゃない。混んでいたので立っていた。吊革に捕まり並んで
立ちながら、窓ガラスに映るサキンチョをこっそり覗き見る。…つまんなそー。
「バス電っていいですよねー」
「…なんで?」
「チャリ通なんて、すぐ‘じゃーな’ですよ」
「…ああ」
「3年生みんな、電車も一緒なんですよね、確か…駅は違うんでしたっけ」
「駅は違う。斉木は電車も違うよ。あとの3人はほぼ毎日、一緒に帰るわけよ」
「それが3年間」
「まだ3年間にはならないけど、何も変わらなければ3年間」
「何も変わらなければ…」
「深い意味は無いから、勘繰らないように」
バスが停まる度に車内はますます混んで、気付くとめっさ近くにサキンチョが居る。映画でもラブシーンは無かった
から、こんな近くになることはなかった。サキンチョはすっぽりおれの腕の中に収まっちゃいそうな体勢になりかけ、
せめてもとばかりに横を向いてしまう。斜め上から眺めながら、黙ってると気まずいかんじがして、
「いやー、しかしあの映画もDVDにしてくれるわけでしょ? おれまた泣いちゃうなー」とか、「日和先輩って普段
泣かないんでしょーね、日向先輩、超ビックリしてましたよ」とか、ベラベラ喋っていた。サキンチョはちょっとずつシニカルに
答えたが、こっちは余り見ない。
バスが駅に着いて、乗客がどわっと降りる。おれからぱっと離れて、
「混んでたねー」と笑って照れ隠ししながらバスを降りたサキンチョは、風に吹かれてセミショートの黒髪がサラリと…
ちょっとちょっと、おれなんか、やばくない? なんでこんなに見ちゃうわけ? 「徳野に行くんなら、入口あっちで
しょ? わたしこっちだから。じゃーね」さっさと去ろうとする。
「…先輩、ちょっと待って!」思わず呼び止める。「…カラオケでも、行きませんか」一瞬キョトンとしてから、
「あのー、わたし一応受験生なんですけど」そこを突いてくるんかい!
「じゃあじゃあ、スタバでフラプッチーノでも! 糖分は脳味噌にいいんですよ!」
「…どうしたの?」団栗みたいな目でこちらを見て苦笑した。「可哀想に思ってくれちゃってるわけ?」そう取るん
かい!…今言ったってだめだと思いつつ、言葉が止まらなくなる。
「そういうんじゃなくて、おれ…ただあなたと一緒に居たくて…ほんとは徳野に行くのなんか嘘で、あなたを待ってたん
です」周りの人が聞いてるんじゃないかと不安になったけど、もう止まらない。「おれ、日向先輩より、絶対あなたを
大切にします」
「―――」すんげー驚いてる。そりゃそうだよな。そのわりにすぐに喋り出したから、こっちが面食らった。「…たぶん
それ、同情だよ。早まらないほうがいい」…なんでそうなる!
「違う、前からずっと気になってた、何度も諦めようと思ったけど、無理です」考えもしなかったことが口から出て、
勢いなのか本心なのか、自分でもわからなくなる。
「…だったらごめん、すぐに乗り換えられるほど、わたし軽くない。来させちゃって悪いけど、ふたりで遊ぶわけにはいか
ない」
雑踏に消えてしまう…おれ、何してんだ…てか、何、今の。おれ自身が自分の計画外の行動をして、しかもなんか、
収給つかなくなっている。今までのかんじだったら、おれに誘われたらオンナは半泣きで笑いながら、やさしすぎるのは
反則だよ、とかって、すぐつきあうとかならなくてもそれなりの見返りがある言葉が返ってくるはずなのに。完全にフラれてる
じゃないか。てか、充分魅力的じゃないか。そのサキンチョにあんなに想われて全然気付いてないというか、あんなに
一緒に居て好きにならないヒナタンって、一体なんだ?
そのとき、電話が鳴る。やべ、バスに乗ってたのにマナーにしてなかった。降りてからでよかったわ…メール…ヒナタン
じゃないか!
>もう帰っちゃった?<
すぐに返信。
>実は、駅に居るんです<
>珍しいね! ちょっと、こまくんに話があるんだけど、用があって駅に居るんだよね? 無理だよね?<
>いや、用は終わりましたので、大丈夫ですよ。まだ学校ですか? 待ってますよ<
>ほんとに? ありがとう、すぐバス停に行くよ、確か15分くらいにバスあったと思う、20分弱かかるけど大丈夫?<
オーケーして、待ち合わせを決める。…て、会って何を話すんだ。ヒナタンがおれに、何の用だ? このへんな間が、
おれを怯ませた。
駅前に居ると、ヒナタンが駆け寄ってきて、ほんとにごめんねー、と言い、モスに入る。おれより背の低い、全然イケて
ない後ろ姿を見ながら、でも絶対的に負けてるんだよな、と凹む。僕が誘ったから、と奢ってくれる。山ぶどうスカッ
シュとオニオンリングをお願いすると、ヒナタンもそれにしている。
席に着いてすぐ、本題に入った。
「映画研究同好会の今後のことなんだけど」
「あー、それでおれ!」ヒナタンは深々頷いてから、
「1、2年生で一度話し合ってほしいんだ。撮影したりするのって、やっぱ機材が無いと無理でしょ?」女の子みたいに
上目遣いでおれを見る。
「そりゃまあ」
「たぶんやろうと思えば、こまくんとか柾(まさき)さんとか撮影できそうな人は居るんだ。でもね、僕、映画のほうに
進もうと思ってて…機材を寄付することはできないんだ。新しいの買って…と思ったんだけど、そこまでお金無かった」
「貰おうなんて、そんな図々しいこと言いませんよ」
「志望大のカリキュラム見たら、貸しといて使うとき返してもらう、とかも無理なわけ」
「実質、撮影はできなくなるんですね」
「うん…ぶっちゃけ、僕が撮影してみたくて発足した会だし、これで解散になっても…冷たい言い方だけど、僕は
いいんだ。部活にも昇格させようとしなかったのは、僕がやりたいことやれりゃあよかったからというわけで…今後、
こまくんたちは、機材が無い状況で残されて、どうしたいかな」
「そっか…」おれは愕然とした。「3年生が居なくなるなんて、考えたことなかった…」
「撮影で忙しかったしね…」ヒナタンはものすごい優しい表情だ。でも言ってることは、結構突き放した話のような
気もする。仕方無いけど。「文化祭の後の反省会で、この話を切り出そうと思う。僕の考えとしては、同好会は
存続しない」
「えっ…」
「撮影しないなら、やる意味は無いと思う」
すげー…笑顔でバッサリ来るなヒナタン…。
「だけど…」
「勿論、撮影無しで続けるとか、撮影するにしても携帯ムービーとか、8ミリビデオとかでできるけど…でもそれは、
映画ではないし」
「……」
「それで存続するなら、名前を換えてほしい」
「……」…おれは俄然、見くびっていた。こんな男らしいやつ、居るか? 名前を残したくて手の込んだ小細工を
するやつなら、いっぱい居るだろうに。きっとこの人は、新しい星を発見しても、自分の名前はつけない。
「まあでも、1、2年生が決めることだから、僕は決まったことには文句を言わない。でね、こまくんに話し合いをお願い
したのは、とりあえず僕無しで話してほしいから。やりたいことだけやって、機材持って行ってしまう僕に対する不満
とかもあると思うんだけど、居たら言い辛いでしょ? 悪口大会になって構わないから。で、反省会のときにも勿論
悪口言いたいなら言っていいんだけど、一度そういう場を設けていれば感情的にならないだろうから」
「…先の先まで読みますね」案外策士だな。面倒な言い合いはおれに終わらせとけって?
「喧嘩はきらいなので」
「……ほかの3年生は?」
「朋くんは卒業後のこと気にして聞いてきたから、存続させたいとは思ってないと言ったら、そうって納得してて。
日和や沙季子ちゃんとはその話はしてない。たぶん、どんな形でもいいから会を残せと言うだろうね、あのふたりは」
「…でしょーね」やっぱり解ってるな。「わかりました。1、2年だけで話し合いしておきます」
「ありがとう」ニッコリ笑うヒナタン。バッサリ行くようには全く見えない笑顔だ。オニオンリングをつまみながら、おれは
じいっとその笑顔を見ていた。ヒナタンはもうおれのほうを見ていないで、「やっぱコレ、うめー」とか言っている。
「…きょう、おれ…」
「うん?」高浪先輩にフラれたんですよ。あなたに負けたんです。喉もとまで、そんな言葉が出て来ている。
「いや…日向先輩、映画ほんとに好きなんですね? 女の子は…好きな子居ないんですか」
「えっ、えっと…芸能人では、安芸穂波が好きデス」ほんとに好きな子を言うみたいに照れてる。
「…まともじゃないですか」
「まともじゃないと思ってたんだね?」
「いや、好きな有名人、ちびまる子ちゃんの野口サンとか言うと思った」
「あの子もいいけどね!」笑う。「こまくんは?」
「た…」か浪沙季子、じゃなくて…「たまちゃん、かな」
「あー、まともー」…そーじゃなくて!
「違います、芸能人とかじゃなくて」
「……」ジュースをごくりと飲んでから、困ったような顔になって、それからめっさ笑顔で、「わかんない!」…て?
「…は? 恋したことないとか?」
「…うん。一応、コンプレックスで、あります」笑ってる…笑ってる場合か! しかもなぜケロロ軍曹!
「周りに魅力的な女子は沢山居ると思いますけど! た、例えばね? 例えば高浪先輩とか…」
「沙季子ちゃん…逆にこれだけ仲良しだとね…日和と何が違うのかわからない。極端に言えば、かーちゃんだって
大切な女性なわけじゃん、仲良くなった女子は、このへんとみんな同じように大切なわけ」
「ワルテミスと一緒かよ…」去年の撮影でワルテミス役をやりに来た清水双子の‘かーちゃん’は見た。見た限り、
ヒナタンもピヨリンも全然マザコンではなかった。父親が居ないって聞いたけど、そのせいで見えない固執がある
のか?
「でね、実は日和より沙季子ちゃんのほうが、話が合って盛り上がっちゃうの。ほんとは沙季子ちゃんと双子なんじゃ
ないかって、思っちゃう。そしたらもう、わけわかんない」
「はあ…」女の子と双子でなけりゃ恋だと確信したのだろうか。その前に、ピヨリンなしでは仲良くなんねーか。
「こまくんはモテるだろうなあ、好きな女の子どころか、カノジョ居るんでしょ?」…チキショー、今それを言うな! カノ
ジョどころか、きょうフラれたばっかだ。
「今は居ないですよ」涼しい顔で言える自分も腹立つけど…
「そうなんだー」この笑顔、ほんと腹立つ。
「抱きしめたいとか、チューしたいとか思ったら、恋ですよ。おかあさんにはそんなこと思わないでしょ?」
「…思わないなあ…誰にも」
「草食…まあ、これからじゃないですかね」
「これから…かなあ」
「ぶっちゃけ、こんな感情、無いほうが楽ですよ。うまくいってるときはたのしいけど」
「そうなんだー…」
「でも、法律上は、日向先輩はもう結婚できる歳なんだから」
「そうだっけ!?」
「18ですよ、男は…だからもうそろそろ恋くらいはしないと」
「そうスね、先輩…」恋愛の先輩ってか…やけに幼く見えるヒナタンは、力無く、でも相変わらず笑っていた。
翌日早速、1、2年だけで会を開いた。昨日のヒナタンの言葉をそのまま伝えると、べつに誰も怒らないし、納得
していた。
「そりゃそうすよ、日向先輩の機材があっての撮影で…貴重な経験させてもらったよな。たのしい思いっつーか」1年
男子の言葉に、みんなウンウンと頷く。
「撮りたい、撮られたいやつは、そっちのほうへ進めばいい話だ」ヒナタンに機材が弄れそうだと言われた2年理系
女子・柾が男っぽく言う。「わたしさ、映画を観る会でもいいと思うんだけど、みんな物足りない?」
「映画研究ではあるな」
「毎月1日は安いし、今までよりお金かからないかも。でね、映画検定とか受けたりして」
「そんなんあるの?」
「ある、ある。まあそっちに進まなけりゃ、シャレでしかないけど」
「ふうん…まあそれは個々の自由として、この会を、名前を変えないで残す、てのはべつに目的ではないけど、それは
可能だな」
「日向先輩が言ってた映画、おれらほぼ知らなかったじゃん。DVDで見たりしてさ、見識を深めるっつーの? 映画の
よさはおれら解ってはいるから、より深く極める!」
「撮ることに意義があると言うなら、仕方無いけど…とりあえず1年やってみて結論出してもいんじゃね?」
「なんか、簡単だったな」
「おれら、日向先輩ほど拘ってないからだよ」笑う。
文化祭で、今年は泣かせます、をコンセプトに上映会を開き、去年に引き続き盛況だった。サキンチョとは気まずい
ながら今までと同じようにしていたが、学内の2年男子の間で秘かに主役のサキンチョの人気が出てしまい、相手
役のおれはさんざんいろいろ聞かれた。悪口も言えないし売り込みもしたくないし、
「あんま興味無さそうだよ?」とだけ言っておく。
反省会の日がやってきた。普通に撮影や上映会の反省をしたあとヒナタンが、おれとの密談のときにした話をした。
寝耳に水の3年女子は
「ええっ?!」とあんぐりし、ともPは
「そうか、そろそろそんな話もしないとな」と冷静だ。今にもヒナタンに掴みかかりそうなピヨリンを、おれは制して
「柾のアイデアなんですけどね、おれたちとりあえず1年間、問題無ければその後も、映画を観る側になって映画
研究会を存続させようと思います。撮りたい人、撮られたい人は進路をそっちに決めるとして、映画のよさをより深く
研究していきたいと思います。日向先輩、映画研究同好会の名前を引き継いでもいいでしょうか」ヒナタンは暫く
ぽかんとしていたが、
「…も、勿論。ありがとう…」と頭を下げた。ピヨリンも納得した。
「で、あともうひとつ、お願いがあります」柾は挙手した。「先輩方の進路が決まったあと、春休みにもう1本、映画を
撮りたいんです。いろいろ考えてるんですが、それはそのとき」
「いいねえ! 最後の1作!」
「やるかー」
「オーイエー!」
…映研は、いつも賑やかだ。
体育館の倉庫に、授業で使ったバレーボールを返しに行ったら、サキンチョが居た。これから体育らしく、体操服で卓球
ラケットを数えていた。
「…げ、駒田」
「…高3にもなって男子見てゲッて、幼すぎません?」
「すみませんね」
「緑のハーフパンツも似合うし」
「それは褒めてないね? えっと、ここまで15、だったけ?」
「知りません」
「あーもー、わかんなくなった」
「ん、これ12じゃない?」近づくと、ちょっとびくっとした。構わず近くで「DOZEって書いてある。ドイツ語で、1ダースの
ダースのことだから」と言う。
「なんでドイツ語なんて知ってんの」
「ねえちゃんが大学で勉強してる」
「そう…おねえちゃん居るんだ」信じてないのか数えている。
「先輩きょうだいは?」
「うちもおねえちゃん…13入ってるじゃん」
「いやこれ、無理矢理入ってるよ、これ抜いたらしっくり来るし」
「ほんまや。んで2ケース持って行けば足りるかな。あ、鐘鳴るんじゃない、体操服着替えないとでしょ」追い出される。
「先輩、日向先輩はかっこいいっすね」ドアの隙間から言う。ちょっと間があって、やっとこちらを見た。
「…今頃気付いた?」めっさ真剣な顔。
「でもおれ、負けないから」反応は見ずにドアを閉めて、更衣室に戻った。次の授業の3年男子に紛れて着替えて
飛び出した。
負けが判ってる恋愛なんか初めてだ。なのに負けないとか強がってしまう。もうすぐ卒業してしまう。なんだか
マイナスのことばっかりだ。
だけどおれは。
「…手に入らなくてもいい、それでも想い続ける、と豪語する恋愛にする」声にしてみると、もうそうなっている
ようにも、まだまだそうなるには相当難しいようにも感じた。
鐘が鳴り、思考は停止した。もう何も考えずに、教室へ走った。
了