vol.1 斉木サイド日向 観察記録  

 

 

                                                小林幸生 2010

 

 

理想の自分になろうと努めて16年。おれを否定するわけではないと念を押しながら実際否定した彼女の

居た夏。その夏も、もう終わる。けれども記憶は無くならない。夏が終わってもきっと、傷は疼き続ける。

 

 2学期が始まる3日前、知らない奴から電話が来た。母親に

「2年4組の清水くんて子から」と言われ、だいたい携帯でなくうちに電話をするくらいだから、知らなくて当然の

相手か、と思い乍ら出てみる。

『すみません、突然お電話して』今時の高校生には珍しく礼儀正しいので些か驚く。『僕、映画研究同好会の

清水日向(ひなた)といいます』日南子、かと思って一瞬怯んだが、そんな筈はない、声は男だし、苗字だって

違う。

「映画研究同好会?」聞き返してから、あれっと思う。慌てて電話機脇のメモ帳の、前のほうを捲る。その間に、

清水とやらは話し始める。

『この度、書道部部長の斉木くんに、題字とテロップを書いていただきたくて。メンバーが、校長室脇に貼ってある

きみの字を、イメージにピッタリだっていうものですから。よかったら、夏休みは毎日活動してますし、2学期に入って

からでもよいので、いらしていただけませんか』

「はあ」ぶっちゃけ、活動らしい活動をしていない書道部、自分が部長だということも、昨年度末に書いた字がまだ

貼ってあるということも、すっかり忘れていた。「てか、ごめんなさい、おれ、きみに電話貰ってますね。折り返しなんて

言って、すっかり忘れてました」メモに母親の字で、「清水、映画研究同好会」という文字と携帯番号がしっかり

書いてある。

『いや、それはいいんです。あのとき引き受けてたら、きっと撮影手伝わされていたと思うから、終わった今くらいで

却ってよかったんです』穏やかに返される。

「すみません…」間が悪かったのだ。丁度はじめに電話を貰ったあの日は、小峯さんにフラれたその日に他界した

親友の告別式の後で、やはり母親に取り次がれたが、誰かと話すなんてできなかったのだ。

『どうでしょう、一回、作品の断片見に来ませんか。それを編集して、引き受けてくれたら、きみの字が入るわけ

です』

「映画かあ…」しかも撮ってるんだ、すご。まあ、高校生のすることだからあんまり期待はしないが、見てみたい

気もした。「休み中は何時から何時で活動してるんですか?」

『9時から6時…』

「……」

 

翌日夕方、予備校の帰りに視聴覚室を覗くと、見覚えのある眼鏡男子が、ドアのすぐ近くの机で書き物を

していた。

「あ、斉木くん。僕、清水です。みんな、斉木くんが来てくれたよ」奥には、顔見たことあるかなくらいの何人か。

「どーも」

「わたしが電話したら出てもくれなかったのに」ひとりの、長い髪をふたつにくくった女子が怒ったように近寄って来た。

「へ? 電話?」

「あー、最初電話したのこっちで。僕の双子の姉、会長なんです」

「だから清水…ごめん、あの日はちょっと。そのときのこと、全然覚えてないんだ」

「わー、もうボケ始まってるよ〜」平気でこういうことを言うか。「わたし清水日和(ひより)、2年2組。こっちは日向と

一緒に副会長の高浪沙季子(たかなみさきこ)、3組。知ってる?」髪の短いほうを示す。

「まあ、顔くらいは」あとは1年生で、名前は聞いたがすぐ忘れる。小峯さんと同じ6組の子が居れば覚えただろう

が、居なかった。

「じゃ、あとよろしく。こっち、もう少しで終わるから」

「編集前の、メチャクチャなのですけど、あ、これ台本。まず校内で撮ったのを集めたテープから」

 部屋の電気を消して、持ち込みの機械を操作し出すと、教室のスクリーンに画像が映る。なんだかレトロな

雰囲気。スクリーンに、主に此処にいる3人の2年、なんとなく知っている3年生や卒業生が出ている。1年生は

光の調整やらカメラやらをやっているのか、ほぼ出ていない。…見ていて、だんだんそうかなと思った通り、台本の

表紙に`七色戦隊・レインボーレンジャー´とある…これをおれが書くのか…ガックリ肩が落ちる。しかも脚本、

清水…日和よりはまともそうに見えた高浪だし…

 街中のシーン、特設セットのシーンと見て、清水…日向がスイッチを切る。

「やっぱりヤですよねー」と苦笑する。

「ちょっと日向! ちゃんとお願いしなさいよ!」途端に後方からどやされる。

「なんのために来てもらったのかねえ」のんびり口調で、高浪も揶揄。日向は、

「…よかったら、お願いします」と言い直す。

「…まあ、別にいいですけど、パソコンで毛筆書体とかありますよ」

「なんか、それはボツ食らっちゃって」

「タイトルと何を書けばいいですか、いつまでに?」

「わ、やってくれるってことかな?!」清水日和が、いつの間にか近くで万歳していた。「文化祭で上映するから…

日向が編集するんだけど、間に合うようにって、いつくらい?」

「1週間あれば…9月15日って可能ですか? あ、えっと、キャストとか、書いてほしいのまとめてあります。大きさも

だいたいこれで、あと調整入ると思いますけど」

「ぬかりない…」同世代にこんな奴が居るなんて、と感動する。「了解しました、やりましょう」

「やったー! お願いしま〜す! じゃ、そろそろ6時だし、撤収しよっかー」会長の声に、奥のメンバーが片付け

始める。ちらりと見ると、夏休みの宿題をやっていたらしい。「日向、あと少しなの、今晩貸しといて」なんと、

日和は、日向のを写していたらしい。

「うん」日向は機材を片付けながら、こともなげに答える。準備室に機材をぶち込み、鍵をかけて出る。当然、

鍵を事務室に返すのも、日向。

「斉木はバス電?」1年生たちは皆挨拶をして自転車置場に行き、昇降口でおれは待ってるべきか迷っていたら、

高浪が声をかけてきた。「2年は3人ともバスと電車なんだ、よかったら一緒に帰らない?」と言う。

「ありがとう、そうする」日和を探すと、下駄箱の前で、同じクラスらしき男子と喧嘩だか仲良くしてるんだかわから

ない言い合いをしている。

「お待たせー」日向が戻って来て、バス停へ。なんとなく男子と女子で分かれて話す。

「苗字で呼ぶと会長と紛らわしいから、名前で呼んでいい? 普通、日向くんとかって呼ばれる?」おれは珍しく、

アプローチ体勢になっていた。

「くんづけは、沙季子ちゃんだけかなあ」

「サキコちゃん?」

「あ、高浪さんのこと」前を歩いている、もうひとりの副会長を示す。「日和が僕や彼女を呼び捨てするんですが、

同じように呼び捨てはなれなれしいかなって、お互い、くん・ちゃんづけにしてるわけです」

「そ、そう」サキコちゃん、って呼ぶのはちょっと気持ち悪いけどな。

「家族は呼び捨てで、あとは苗字かな。日和と共通の友達って、沙季子ちゃんしか居ないから、困ることなかったん

です。あ、会の後輩は日向先輩って呼ぶけど、まあ関係ないか。どっちでもいいですよ」

「じゃ、呼び捨てるね」否定し難い全くの草食男子だなーと思い、その上くん付けなんてちょっと、と呼び捨てることに

した。「おれも、朋でいいからね」と言ったって、くん付で呼ぶんだろな。「あいつらは、苗字呼び捨てにするから、清水って

言ったら、会長のほうね」

「斉…朋くん、紳士的に見えるのに、男らしいんですねー」

「……同じ学年だから、ですますもやめよう!」

 前を歩くふたりは、お笑いの話で盛り上がっている。ふたりとも三枚目らしい。バスでは4人で清水のハチャ

メチャな舵で愉しく話す。初対面のおれを笑いのネタにするなんて、ある意味才能だ。

 風紀委員をやっていると、検査で引っ掛かる奴ばかり覚える。この3人は品行方正で目立たない普通の生徒

だった。考えてみたら、そういう生徒に目を向けなかったよなあ。映画研究同好会の存在すら知らなかった。何しろ

部活ではないわけだし。同じクラスにつるもうと思えばつるめる友達は居たが、親友は学外に居たし、学校の

友達に執着は無かった。そのへん、ちょっと小峯さんチックだなと思う。同類に惹かれたのか。でもフラれたときは、

結構な痛手だった。おれ、こんなに深入りしてたんだ、と思った。

 

 はっきりフラれたあの日、格好つけてカフェを後にしたものの、炎天下を歩くうち汗と共に涙も出てきた。…はあ? 

そんなにのめり込んでたわけ? おれ…

 汗を拭くふりをしてハンカチで涙も拭い、ふと、小峯さんのハンカチもいつもきれいにアイロンがかかっていたことを

思い出す。自分でかけるんだろうか、それともおばあちゃん?

 極々普通の家庭で生活する身としては、両親が居なくて祖父母と叔父に育てられるなんて、想像もできない。

二回会った叔父さんは、大学生みたいに若くて、小峯さんと一緒に居るとカレシみたいだった。不安な憶測は

的中し、本人は「拓実がどうこうでなく」とも言ったが、彼以上の安心感はおれからは得られず、試行期間ですら

放棄した。もう少し、待ってくれたっていいじゃないか。

 携帯電話が鳴り、取り出す。公衆電話、とディスプレイに出ている。おれは深呼吸して、できるだけ元気な声を

出す。

「篤哉(あつや)? 調子どうだ?」

『…朋くん? 篤哉の母です』

「…あ、どうも…」途端に、背筋が寒くなる。

『今までありがとう。今朝、篤哉は息を引き取りました…』語尾が震えた。

「…えっ、き、昨日はあんなに調子よさそうで…」

『そうよね…本当にそうだったわ…』嗚咽に変わる。気の利いた言葉のひとつも言えずに居ると、すぐに嗚咽は

止まり、『良かったら、お別れに来てくださるかしら…明日お通夜、明後日告別式で…何も持って来なくて

いいのよ』

「…いや、あの…今って篤哉くんに会えますか?」おれの足は、既に病院のほうに向かっていた。

 

 もう少し、待ってくれたっていいじゃないか。もう一度、声にならない言葉が胸を貫いた。

 

 小峯さんと叔父さんに偶然会ったあの日くらいは調子も機嫌も頗る悪くて、その後巻き返したかと思ったら、

お母さんが告知したらしい。朋くんと楽しく過ごして死になさいとまで言ったそうだ。篤哉は、その通りにした。おれは

全く気付かず、快復を喜んでいた。そしておれには何も言わずに、居なくなってしまった。

 まさにあの日はダブルパンチで…ここまでよく立ち直ったよな、と自分で思う。

 

 始業式の日、運好く和室が書道部優先の曜日だった。ほかの曜日は茶道部、華道部、落語部、将棋・囲碁

部がそれぞれ優先で、どうしても使いたい場合は交渉しなければいけないのだ。書道用具一式置きっぱなしなの

で、持ち帰るより此処で片付けてしまいたい。行ってみると勿論誰も居なくて、ひとりで部活だ。4月に新入生が

来れば活動したんだろうが来なかったので、2、3年のメンバー登録をしたきり集まっていない。文化祭は何かやる

かなあ。余程同好会の映研のあいつらのほうが活動している。

 とりあえず頼まれたのをちゃっちゃと片付けて、吊るしてみる。

「ま、いっかなあ」実は根はいい加減なのだ。自分でよくわかっているから、自分で発破をかけもするし、バレないよう

逃げもするし。だから、他人はおれがいい加減だと気付いていない。

 頼まれたことを一生懸命やっているふりで、明日の模試の勉強とかしちゃって、1時になって腹も減ったので帰る

ことにする。片付けて、和室の鍵を事務室に返しに行くと、高浪が居た。

「あ、斉木。…ごめん、鍵って、どこに返すの?」間抜けなことを聞いてくる。

「ここ」おれも和室の鍵を戻して、ノートの借りたとき書いた名前を消す。おれの名前の下に、視聴覚室、清水

日向とある。「鍵はここに返して、この名前を消す。普段日向にやらせてるから、知らないんだね」高浪はバツが

悪そうに、

「だから今日はわたしがやろうかと…」

「それはいい心掛けだね、じゃーまた」おれは昇降口に行く。たまたま会ったクラスメイトと話していると、高浪が

走って出て行った。バス停に行くと、バスは出てしまった直後、高浪はそれに乗ったらしく、もう居ない。立って

いたら、日向が来た。

「あ、斉木くん」

「朋」

「あ、ごめん、直す」

「今日は3人でつるんでないんだ」

「日和は休みで、沙季子ちゃんはさっきまで一緒に居たけど、先に帰っちゃった」

「会長、どうしたの。風邪?」

「朝起きられなかっただけだと思うよ」

「…そう」想像通りだ。

「で、ちょっと同好会やってたんだけど、会長居ないし明日模試だし、解散になったわけ。沙季子ちゃんには、

一緒に帰ろって言ったんだけど、なんか急いでたみたい」

「ふうん」

「僕、沙季子ちゃんに嫌われてるかなあ、3人でないと一緒に帰ってくれない気がする」ちょっと残念そうなので

そう言うと、「うん。だって、みんなで仲良くしたいじゃない?」と即答。

「…」そんだけか。「…日向になんでもやらせて平気でいるような奴は、仲良くしなくていいんじゃない?」

「日和のこと? まあ、ちっちゃい頃からずっとそうだからねえ」

「それもそうだけど、高浪もだよ」

「沙季子ちゃんは優しいよ、今日も鍵を返すのやってくれたし、体育のハチマキ、アイロンかけてくれたり制服の

ボタンつけてくれたり…」自慢には聞こえない、なんでもない言い方。

「はあ? それはちょっと過剰なんじゃないの?」

「そうなの? その加減はよく解らないけど。まあ、映画の衣装を作るついでだから」

「ついででも、そんなことしてくれるなら、嫌われてはいないよ」

 高浪は日向が好きなのか? 普段は清水の手前、一緒に使いっぱにしてるけど、居ないと優しくしちゃうとか。

意識しちゃって、ふたりでは帰れないとか。

 

 数日後、ボツの可能性も踏まえて〆切より前に、視聴覚室に頼まれたものを持って行ったが、誰も居なかった。

翌日、1限の後の休み時間に4組を訪ね、日向に渡してみると

「わあ、早々にありがとう!」と言う。「やっぱり巧いねえ、いいなあ、毛筆は」

「映研、普段は何曜日に活動してるの? もしかして、視聴覚室じゃないとか」

「あ、もしかして、訪ねてくれた? 大体毎日視聴覚室か取れた教室でタムロしてるけど、あ、撮影してるときも

あるけど…2学期は僕が機材持ち帰っちゃって家で編集してるから、僕は参加してない。昨日は日和たち、

どこに居たんだろ…」

「部屋借りるの面倒で、マックかどっかに行ったのかね」

「はは、ありえる」

「ところであの機材って、きみのなの?」

「とーちゃんの、勝手に貰った」

「おとうさん、映画関係なわけ?」

「いや、趣味だよ」彼はそこまでしか言わなかったけれど、後に高浪に聞いた話では、清水・父は映画撮りたくて、

サラリーマンしてお金貯めたんだけど、機材買うだけ買って死んじゃったから、誰も使う人が居なかった、だから

日向がやってみるかなとなったのだそうな。いつも日向は、父の話でしんみりすると「別に昨日今日の話じゃないん

だし」と笑うのだそうだ。

 で、今。鐘が鳴ってしまい、おれは慌てて話をする。

「なあ、これは文化祭で流すだけ? おれも、きみがまとめたの、観たい」

「DVDにするから、あげるよ」後で思い出しても、おとうさんの話の後でも、日向は笑顔だった。

 

 その日の帰り、半端な時間に帰ったら、駅で高浪に会った。

「あれ、バスに居なかったよね」

「たぶん、何本か前」清水と一緒じゃないと、なんかかんじが違う。「駅ビルで買い物してたから」なんとなく改札に

向かう足並みが揃う。確か、夏休みに4人で帰ったときは違う電車だった。

「何線だっけ?」

「…あの、斉木」改札を抜ける。「失恋、したことある?」ものすごい力みを感じる声が、後ろから聞こえる。

「…はい?」振り返って見ると、真っ赤な顔をしてまっすぐこちらを見ている。

「ご、ごめんね、いきなりこんな話…」

「…日向?」

「えっ、なに、バレてるの? あ、いや…」慌てている。

「まあ、日向は気付いてそうもないけど、おれにはバレてる」笑う。

「普段酷いこと言っているし、日和の友達としか思ってないのもよくわかってるから、苦しくて…」行き交う人たちを

避けて、柱の脇に立つ。

「さっきの質問だけど、失恋はしたばっかりだよ、たぶん4月から好きで、1学期の終わり頃告白して少しカレシ

カノジョらしきかんじで会って、夏休み真っ只中にフラれた。まあ、思ったよりキたけど、とりあえず普通に戻った」

「斉木が普通でないって、どうなっちゃうの」

「会長からの電話に出られないとか」

「あー! まさにその日だったの?」その日ではないが。

「まあでもおれは、好きだった期間短いからね。高浪は1年のときから好きなの?」コクリと頷く。

「最初どーでもよかったんだけど、案外あれで、同好会立ち上げたのは彼だし、優しくて頼りになるし、一緒に

過ごすうちに」

「日向はいいよな、応援するよ」泣きそうな顔でこちらを見る。「まだわからないよ。失恋って決めるなよ」

「…ありがとう」

「日向はきみのこと、優しいって言ってたよ。酷いこと言われてるなんて思ってない」言いながら、羨ましいと思った。

おれはもう、終わってしまったのだ。

 10月頭の文化祭には、書道部も展示会くらいはしないと廃部になってしまうので、メンバーにメールして、

1作品は出すように言った。見張り当番を決める活動日も決め、ようやく少し部長らしくした。内申のために

在籍してるようなメンバーなので、ギリギリの活動は我慢してもらわないと。

 

 9月の終わり、日向がDVDをくれた。家で見てみると、おれの仰々しいタイトルと共に始まったのは、コメディの

戦隊もの。しかも7人もいてごちゃごちゃしているのがまた可笑しい。エキストラで卒業生…女子に人気あった

去年の3年生ふたりが出ていて、彼ら観たさに文化祭は盛況になるだろう。ひとりは色っぽい男でパープル、

ひとりはかっこいい女でブラック…。あと実際ブラックのお兄さんですごい情けないというか可愛らしいかんじの人が

ピンクだし、設定は高浪と清水で考えたらしいが、マジでウケる。しかもブラックときょうだいっていう現実も…。当人

たちは、清水がお茶目なスカイブルー、高浪が大食漢のイエロー、日向がガリ勉のグリーンだった。で、なぜかリー

ダーのレッドが居なくて、3年生ふたりが率いる悪と戦いながら探しているんだけど…1年生たちは悪の手下で出て

いた。戦いのシーンに日向が居ないと思ったら、戦いそっちのけで試験勉強しているという設定で、カメラを回して

いたのだ…しかも悪の影の王者はなぜか清水きょうだいのおかあさんだ…見つかったレッドは、高浪のおとうさん、

パン屋さんだった…お店が忙しくて忘れてた…なんて言って。よくやってくれたよな。なんだこのバカらしさは。たのし

すぎる! 

 聞いたところ、高浪のおとうさんは本当にパン屋を経営しているらしい。白衣がキマっていると思ったら、いつもの

姿だったのだ。

 9月末の風紀委員会で小峯さんに会ったが、自分で驚くほど落ち着いて挨拶ができた。まあ、胸はかなり痛かっ

たけど。

 

 そしてとうとう文化祭、映研の上映を見たり、書道部の受付をやったりしていた。和室は落語部と将棋・囲碁

部が寄席と対局で使うので譲り、なぜか第二音楽室で展示会。2日目の午後、受付を交代して座っていると、

清水が出て来た。

「うえっ、受付に居ないから来たのに!」

「日向たちは?」

「今、はぐれたふりして、あいつらをふたりにしてみてるのよ。似合うと思わない?」えらい楽しそうに言う。

「それはいいね」そして急に顔をしかめて、

「言っとくけど、習字が好きなの、斉木に興味があるわけじゃないから!」思い切り指を差される。

「…はあ」

「じゃあね!」踵を返し、廊下を走って行く。芳名帳を見ると、清水日和の名前は無かった。書かなかったか、

偽名を書いたか。来たのを知られたくなかったのかー。誤解されるのが厭か…逆は…期待するほどお気楽では

ない。まあ、でも別のことは解る。ほんとに毛筆が好きで、パソコンの毛筆書体を却下して人間の字に拘ったのは、

きっと彼女なんだな。

 後夜祭はミスターとミスの発表とフォークダンスなんで、つまらないから帰ることにした。バス停で、映研のメンバーに

会う。

「あ、朋くん、居た、居た。探してたんだよ。良かったら、マックで打ち上げして行かない?」日向が手を振る。

「お邪魔じゃない? 部外者が行って」

「題字とテロップを書いてくれた、関係者デス」

「…斉木って、なんかひとりのこと多くない? 友達居ないの?」清水が無遠慮に聞いて来る。おれも気にせず

答える。

「当たり障りの無い付き合いしかしないねえ」親友は死んじゃった、とは言わない。

「先輩、カノジョが学外に居そう」1年生のひとりが言うと、高浪がちょっと慌てる。

「居ない、居ない」笑って否定。「もっと軽くなんないとモテないのは、わかってるんだけどね」

「パープルみたいにねー」日向が激しく頷く。

 バスが来て乗り込む。発車際駆け込んで来たのは小峯さんで、扉の近くに居たおれと目が合ってしまう。

「お疲れ様」何事も無かったみたいに笑顔を作る。

「ど、どーも」小峯さんは日向たちも見て会釈し、後ろのほうへ行く。バスが駅に着いた後は、もう目は合わせず

挨拶もしない。ポーカーフェイスを貫いたが、高浪にはバレたかも。

 

 打ち上げの席で、日向や高浪はちゃんと進路を考えているのを知る。日向は映画を撮っていきたい、高浪は

栄養士になりたいと言う。清水は大学行けるかな、くらいだが…。おれは目の前のテストやらはちゃんとこなして、

予備校で理数コースには居て志望大学も名前で選んではいるが、その先というのは考えたこともない。目指して

きた理想の自分、というのも、目の前のことに対してだけだ。

 おれ、どうなりたいんだろう。

 今更画家とか無理だし、書道にしたって極めるとかってかんじではないし…悩む。

「映画を観たら、どうかな」日向が何気無く言う。「いろんな職業の人が出てくるじゃない。これやりたい!ての、

出て来るんじゃないかな。本読むんでも。きっと、物語がいいよ」

「なるほどね」

「いいよなー、斉木は」清水が言う。「勉強できるから、仕事も選び放題だな」

「おまえはとりあえず、勉強しろ…日向の宿題写してないで」

 

 こんなに文化祭が盛況でも、日向は同好会を部活に昇格しようとはしなかった。機材を持っている日向が

卒業したら、映研は事実上消滅。それでもいいんだそうな。そこに、日向の拘りは無かった。卒業まで、日向は

あと3本、映画を撮った。おれは文化祭の後入会して、出演は断り続け、毎回題字とテロップを書いて、撮影の

手伝いをした。清水にも仕事をやらせつつ…。

「おれ、きみみたいになりたい」日向の隣で、何度口を滑らせそうになったか知れない。日向はかっこよかった。

篤哉が出逢わせてくれたとしか思えないタイミングで現れた、理想の男。小峯さんに否定された自分について、

考えるべきときに現れた、完璧な男。

 その後も、ずっとおれの目標は、日向だった。

 

 自分を見失いかけた16歳のあの頃、日向との出逢いで、全てが決まった気がする。親友を、恋を失うのもそれ

だけではない、と今では確信を持てる。

 

                                                         了

 

 

 

 

 

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